量子コンピュータにカネとヒトが猛烈に集まり始めている。量子コンピュータが実用的な性能を発揮する「Xデー」が迫っているとの期待が高まっているからだ。この熱狂に根拠はあるのか。ブームは本物なのか。そしてXデーはいつなのか。最新動向から検証する。

 量子コンピュータの世界にゴールドラッシュが到来している。量子コンピュータのスタートアップに巨額の資金が集まり、ユーザー企業も投資を始めた。量子コンピュータが間もなく、実用的な性能を発揮するとの期待が高まっているためだ。量子コンピュータがカネ、ヒト、そして野心を引き寄せ始めた米国やカナダの今をレポートしよう。

 米カリフォルニア州パロアルト。スタンフォード大学近くのダウンタウンにあるシェアオフィスの一室に、量子コンピュータ向けのソフトウエアを開発する米QCウェア(QC Ware)が拠点を構える。同社は2018年7月に650万ドル(約7億2500万円)を調達した、この分野で注目されるスタートアップの一つだ。

 「QCウェアはこちらですか?」。資金調達に先立つ2018年6月、本誌はQCウェアを取材した。同社のCEO(最高経営責任者)から教えられた部屋を訪れた記者が、そこで作業中の若者に声を掛けると「ここではありません。奥です」という答えが返ってきた。QCウェアはシェアオフィスの一室をさらに他のスタートアップと分け合う、机が5つほどあるだけの小さな会社だった。

使い慣れた言語で量子コンピュータ用ソフト開発

 QCウェアが開発するのは、量子コンピュータ用ソフトウエアの開発ツールだ。量子コンピュータには「量子ゲート方式」や「量子アニーリング方式」など異なる方式のハードウエアがあるが、活用にはどちらの場合もソフトウエアが必要だ。

 QCウェアはソフトウエア開発者が使い慣れた「Python」「Java」「C++」といった既存のプログラミング言語を使って量子コンピュータ向けのソフトウエアを開発できるツールなどを、一般企業や政府機関に販売している。

 2014年に事業を開始した同社の最初の顧客は、米航空宇宙局(NASA)だ。QCウェアのマット・ジョンソンCEOによれば、むしろ同社はNASAのために作られた会社なのだという。

QCウェアのマット・ジョンソンCEO
QCウェアのマット・ジョンソンCEO
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 話は2013年10月にさかのぼる。かつてコンピュータ技術者として米空軍に勤務し、除隊後にMBA(経営学修士号)を取得してビジネスの道に進んだジョンソン氏は、NASAのシリコンバレー拠点「エイムズ研究センター」に勤務する旧知の研究者を訪問した。技術分野での起業を考えていたジョンソン氏は、技術動向に詳しいその研究者に、小型人工衛星、ロケット、センサー、ドローンなど、今ならどの分野で起業するのが良いか、アドバイスを聞きに行った。

 その時に「そんなものは全部忘れろ。これからやるなら量子コンピュータだ」と力説された。ジョンソン氏はそれがQCウェア創業のきっかけだったと語る。もっともジョンソン氏自身も「SFの話かと思った」と思うほど唐突な展開だったが、そこには現実的なビジネスの種もあった。

グーグルとNASAの取り組みがきっかけ

 実はその年の5月、NASAは米グーグル(Google)などと共同で「量子人工知能研究所(Quantum Artificial Intelligence Lab)」を設立し、カナダDウェーブシステムズ(D-Wave Systems)が開発する量子アニーリング方式のマシンを導入していた。そしてNASA自身がD-Waveのマシンを活用するために、ソフトウエアを開発する協力会社を求めていたのだ。

 「しかも調べてみると、NASAに協力できそうな会社は、当時まだシリコンバレーにも無かった。誰も注目していない分野なら面白そうだと考え起業を決断した」(ジョンソン氏)。そこでジョンソン氏はカリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学、カリフォルニア工科大学(Caltech)、マサチューセッツ工科大学(MIT)、シカゴ大学などを回って、量子コンピュータの研究者をスカウト。QCウェアを創業して、NASA相手に量子コンピュータ用ソフトウエアを開発するビジネスを始めた。

 QCウェアには現在、量子コンピュータの研究者が10人以上所属するが、彼らは大学に所属しながらQCウェア向けの仕事をしており、オフィスには出勤しないのだという。QCウェアのオフィスが小さいのはこうした事情による。