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鮫島 正洋
鮫島 正洋
内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士

 全く柄ではないのだが、後輩の弁護士に筆者が講釈をたれることが我が職場では年始の恒例行事となっている。今年のテーマはずばり、「一流とは」。

 これが意外と難しい。まず、突き当たった論点は「その道のプロとして世の中に広く認識されている」ということは一流の要件になるのか。若手弁護士の中には、自分はある分野で一流になりたい=どうやったら有名な弁護士になれるのか? という整理をしている者もいるようだ。

 しかし、これには有力な反論がある。

 わずか1μmの寸法公差を、先端機器を使うことなく、自分の触感だけで実現できる旋盤工は一流ではないのか。彼は町工場で働いていて、全く無名の存在である。しかし、そのような芸当は人類の中で彼を含めて数人しかできないのだ。

 これに対する再反論としては、「その人の仕事ぶりは一流かもしれないが、その人自身は無名なので、一流の要件に合致しない」ということにでもなるのだろう。しかし、この再反論に両手を上げて賛同する人はさほど多くないのではないだろうか。

 結局、一流とは、知名度やブランドも補助的要因としてあるのかもしれないが、仕事ぶりやアウトプットといったところにこそ本質があるのだろう。そうだとすると、一流になることとは、人に認められるかどうかはともかく、自分のアウトプットの質を高め続けること、と同義であるということになる。

プロに2度目のチャンスはない

 そこで、筆者は次の課題を設定した。「アウトプットの質を高め続ける」にはどうしたらよいのか──。

 これにもいくつものアプローチがある。

 まず、忘れてはならないのは、「アウトプットの質」の評価者は本来的には他人である、ということだ。いくら良いアウトプットだと自己評価しても、他人が同様に評価しなければ「アウトプットの質が高い」とは言えない。そこで、同僚や先輩弁護士の評価に素直になることと併せて、価値の提供先である顧客を感動させ続けることが本質となる。

 しかし、ここに落とし穴がある。顧客に仕事を出せるのは、1回しかないということだ。

「前回頂いたご依頼をお届けしました!」

「……。イマイチだな」

「すみません! 一両日中に再度……」

 こんなことは仕事のルーチンには存在しないのである。2度目に提出した仕事のレベルがいかにすごかったとしても、所詮は再納品。これに感動する顧客はいない。そもそも、顧客が「イマイチ」という本音を言ってくれたこと自体がラッキーな話で、通常は「素晴らしいですね。ありがとうございます」などと言われつつ、2度と仕事は来ないというのがプロの世界なのだ。従って、自分の中で「このレベルならばお客様を感動させられる」というレベル感を磨き上げなければならない。

 しかし、このレベル感を上げすぎると、仕事の手離れが悪くなり、「1年で1つの仕事しか終わらなかった」的な状態になりかねない。これでは仕事にならない。結局、プロは常に技を磨き、自分の中のレベル感を高く維持しつつも、タイムリーにアウトプットを出す「勇気」を持ち続けること。これ以外に一流への道はあり得ない(これはあくまでも、筆者個人の見解に過ぎないし、そもそも筆者がこれを論じる資格があるのかという点も疑問ではあるが)。

 少しだけ似て非なる言葉に「職業に貴賎はない」というのがある。もちろん、そうだと思うが、筆者は「職業に貴賎はない。ただ、職業内に貴賎が存在する」というのが正しいのではないかと思っている。弁護士という職業自体が貴いのではなく、世の中に貢献する限り、全ての職業は貴い。ただ、その職業の中で、一流を目指し続けるスタンスと、そうではないスタンスが存在し得るとしたら、生き方の問題なので筆者が何かを強制する立場にはないとしても、世の中に貢献できるかどうか、という軸を観念した上で、1つの方向性が定義できるようにも思われる。