経済産業省が管轄する産業構造審議会という委員会がある。日本の産業構造に鑑み、日本の競争力について民間の有識者が意見を述べる場であり、政策決定において重要な会合と位置付けられている。この委員会にはいくつもの下部分科会や小委員会があり、その1つである知的財産分科会基本問題小委員会の委員を拝命した。その際に配布・公表された資料から、日本の特許出願・審査の状況をトピックス的に紹介することとする。
まず、世界各国の特許出願動向であるが、この10年伸びが著しかった中国の出願件数がピークアウトしているように見える(図1)。特許の公報までには18カ月の潜伏期間があるため、新型コロナウイルス感染症の影響ではない。日本は2001年に42万件というピークを迎え、そこから年々減少しており、2019年はぎりぎり30万件をクリアするレベルに落ち着いた。長期的な減少傾向は日本のみである。
電機業界の特許件数が減少
日本の特許件数が減少している理由について、筆者は「技術のコモディティー化が進み、特許出願によって得られる効果よりも、特許出願をしないブラックボックス化によって得られる利益が増えたからだ」との説明をしてきた。この説明を敷衍(ふえん)するデータかどうかはともかく、業界別の出願動向が公表された(図2)。
これによると、日本の出願件数の減少と電気機器(電機)業界の出願件数の減少は見事に一致している。電機業界を悪者扱いするつもりはない。電機業界による特許出願が圧倒的に多かったために、この業界の出願件数の減少が全体に対して大きな影響を及ぼしているというだけのことである。事実、他の業界の出願件数もほぼ横ばいか減少傾向となっているが、出願件数が比較的に少ないがために、大きな影響力を与えていないことが分かる。
特許出願件数を論じる際には、「そもそも、特許出願件数と国の競争力には何らかの因果関係があるのか」という命題がベースとなる。肯定論者は、「特許出願件数が多いということは、それだけイノベーションが多く生み出されている=国に競争力がある、ということを象徴している」と論じる。だが、筆者はどちらかというと否定論者である。1つのイノベーションから何件の特許が出願されるかという、いわばコンバージョンレートは、各国の知財啓発状況や制度設計などによって幅があるだろうから、このコンバージョンレートが一定ではない以上、特許出願件数は単なる参考値にしかなり得ない。加えて、前述したコモディティー化の影響によるコンバージョンレートの減少という要素も測定できていない、と考えている。
研究開発投資によってイノベーションが生まれる効率性という観点からすると、「単位GDP当たりの特許出願件数」(図3)という平準化分析をすることに合理性があるように思われる。だが、データを見る限り、国の競争力と特許出願件数にはさほどの相関は見られない。もっとも、単位GDP当たりの特許出願件数が右肩上がりか右肩下がりかによって、国の勢いのような漠とした雰囲気は反映されている気もするが……。
日本国特許庁の特許審査の状況についても紹介しよう。一般にはあまり知られていないが、日本は世界でも最速で特許を取得できる国の1つである。下記の平均値に加え、早期審査などのアクセラレーションプログラム的な運用が充実しており、「スーパー早期審査」という制度を活用すると、1カ月以内に審査結果(拒絶理由通知)が出てくる(表、この表では「一次審査期間」の欄に「1.0カ月」と記載すべきことになる)。