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 スタートアップ企業(以下、SU)と大企業(以下、事業会社)が新しいプロジェクトを推進する際の雰囲気を再現してみる。

事業会社:先日のカンファレンスで、君たちのパネル展示を見て、プレゼンも聞いたよ。部材の摩擦係数を著しく低減する、ユニークな表面処理技術だね。

SU:ありがとうございます。いろいろと論文も調査していますが、今のところ類似の発想で追い掛けてくる企業や大学はないようです。

事業会社:一度、弊社のバルブに君たちの技術を実装して試したいんだけど。とりあえず、君たちの技術の実証データとかを出してもらえないかな。

SU:もちろんです。カンファレンスでお出ししたデータの他に、より詳細な実験条件・データのセットをNDA(秘密保持契約)ベースで開示させていただきます。

事業会社:NDAか……。うちの法務は遅いからな。まぁ仕方ないか。

(SUと事業会社がNDAを締結し、その3カ月後)

事業会社:弊社の心臓用バルブに適用できるかどうかを検討したい。まずは、こちらから渡すバルブの材料Xに貴社の表面処理をしてくれないか。

SU:お安いご用です。

(1週間後、SUが表面処理済みのサンプルを提出)

 これで、SUと事業会社との関係が共同研究などに進めばよいのだが、時として、以下のような経緯をたどることがある。

事業会社:データの詳細は開示できないが、材料Xの試験結果は悪くなかったよ。今度は我が社の次世代の材料として期待している材料Yでお願いしたいんだけど。

SU:(いつまでこのノリが続くのかな?)お安いご用ですが、今後、弊社の技術が採用される見通しは……。

事業会社:もちろんだよ。いずれにせよ、これが材料Yだから、渡しておくよ。

(1週間後、SUが表面処理済みのサンプルを提出。しかし、事業会社からは何の連絡もなく、2カ月が経過)

SU:すみません。先日お渡しした材料Yの評価はどうだったのでしょうか。

事業会社:緊急事態宣言で出社禁止。新規開発が滞っているから、しばらく待って。

SU:……。

(半年後)

SU:あのー、半年ちょっと前に材料Yに対して表面処理したベンチャーなんですけど。

事業会社:あれから開発責任者も組織体制も変わってね。開発テーマも絞ったんだ。

SU:……。

事業会社:材料Yに表面処理したの? 誰か覚えているかな……。私、先月から開発責任者として着任したんだけど、そのテーマを特に引き継いでいないし、継続扱いになっていないみたいですね。

SU:……(あんなに一生懸命に対応したのに、一銭ももらえない上に、連絡もなく打ち切り? そもそもベンチャーキャピタルにどう報告すればいいのだろう)。

鮫島正洋
鮫島正洋
内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士
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 これがいわゆる「PoC(概念実証)貧乏」というものである。つまり、契約もしないままに、事業会社からいろいろな試作を無償で受けて、結局、ビジネスにはつながらない状態のことをいう。このようなことはオープンイノベーションの推進上、好ましくないということから、最近では以下のように、PoC段階でも契約すべきことが推奨されている。

・NDA → PoC契約 → 共同研究契約

 PoC契約はこの数年登場した概念であることから、筆者が座長を拝命したオープンイノベーションと事業会社のモデル契約プロジェクト(経済産業省・特許庁)*1においても最も注目される類型となった。このモデル契約プロジェクトの裏に走っているのが、SUと事業会社との取引の現状に関する公正取引委員会の報告プロジェクト*2であり、両者は双子のような関係がある。そして、この双子を束ねるのが、2021年3月29日に公表された「スタートアップとの事業連携に関する指針」だ*3。この指針は、公正取引委員会と経済産業省の共著という珍しい体裁を取っており、各節において「①独占禁止法上の考え方」(前者が文責)と「② 問題の背景及び解決の方向性の整理」(後者が文責)という構成となっている。

*1 「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」。URLはhttps://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200630006/20200630006.html
*2  (令和2年11月27日)スタートアップの取引慣行に関する実態調査について(最終報告) 。URLはhttps://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/nov/201127pressrelease.html
*3 URLはhttps://www.meti.go.jp/press/2020/03/20210329004/20210329004.html

 この中でもPoC契約が取り上げられており、上述に類似したケースも問題事例として以下のように取り上げられている。

(事例)H社は、連携事業者から、見積もりよりも追加作業が発生するPoCを求められ、PoC後に必ず契約すると口約束されていたために実施した。だが、追加作業について報酬が支払われず、契約もしてもらえなかった。

 このような政府の動きに対し、大企業を中心とした経済団体は総論賛成の体を取りつつも、厳しい意見を有しているようである。例えば、日本経済団体連合会(以下、経団連)は、2021年1月25日付「スタートアップとの事業連携に関する指針」(案)への意見で、こう書いている。

 「大企業とスタートアップの連携により、チャレンジ精神のある人材の育成や活用を図り、スタートアップの競争力を維持・強化し、ひいては我が国の競争力をさらに向上させることが重要である。企業連携によるイノベーションを成功させるため、スタートアップが大企業などから一方的な契約上の取り決めを求められないよう、問題事例とその具体的改善の方向及び独占禁止法上の考え方を整理したガイドラインを策定することは時宜に適(かな)っている。

 また、一般的に、スタートアップは大企業に比して、法務や知財に関するリテラシーに乏しいことは事実であり、その点を考慮し、スタートアップと連携事業者との契約の際の留意点等が示されていることは有意義であり、スタートアップ・連携事業者双方にとって参考になるものである」

 こうした好意的な総論を述べるも、次のような実質的なコメントを発している。

  • 本指針の適用範囲(スタートアップや事業会社の定義を含む)について明確化する(経営法友会)。
  • 優越的地位にあることの判断基準を本指針内に記載した方が、一覧性のあるより有用なものとなる(経団連)。
  • 事業者の予測可能性確保という観点からは、許容される事例についても記載すべきである(経団連)。

 経団連や経営法友会から出されたいくつかの重要なコメントについて私見を述べる。