想定シーン
さらに詳しく「想定シーン」をみていく。
Y社は、提供した学習用データによって構築された学習済みモデル(カスタマイズモデル)をY社のみが独占的に利用できる、という条件を要望した。これに対し、X社はY社の要望を退ける。カスタマイズモデルの利用者がY社のようにそれぞれ独占利用を望むと、複数のカスタマイズモデルが構築され、それぞれのカスタマイズモデルのベースとなる学習済みモデルのアップデートやメンテナンスをカスタマイズモデルの数だけ行う必要が生じる。それによって生じるコストをY社に利用料として転嫁しなければならないというのが、X社がY社の要望を退けた理由だ。
これに対し、Y社は「せっかく学習用のデータを提供したのに、それによって得られたカスタマイズモデルについて独占もできないのでは、見返りがないではないか」と主張する。X社は、Y社に対する利用料の減額や初期費用の免除などの経済的インセンティブを与えることで説得している。
カスタマイズモデルをY社が独占しないということは、X社が保有する単一のカスタマイズモデルをY社以外の多くの事業会社に提供していくということになる。X社はY社に対して学習用データの提供を求めることになるが、カスタマイズモデルは1つなのだから、Y社以外の学習用データも同一のカスタマイズモデルの追加学習に供されるという帰結にならざるを得ない。
Y社からすると、自社のデータを学習して構築された学習済みモデルについて、他社が利用するのは好ましくないとのスタンスを表明する。これに対し、X社は「データを厳重に機密管理し、Y社のデータそのものが他社に転送されるものではない」として交渉を突破している*2。
契約書に示される法的なスタンスやそれを規定する文言は、背景となるビジネスによって区々(くく)となるのが当然であるから、このようなモデル契約書を作成する場合、想定シーンを詳細に作り込んでいくことが大前提である。そこで、[4]利用契約書の想定シーンでは、以上のような交渉過程をシナリオ形式で詳細に記述した。上記[1]ないし[3]のいずれの契約においても想定シーンを充実させ、それとの関係で契約文言を決定して、これに基づいて逐条解説を入れるというのが公表されたモデル契約書の基本的なフォーマットである。
スタートアップ企業にも事業会社にも参考になるものが公表されたと考えている。ぜひともご覧いただければと考える次第である。