リスクヘッジという経営リスク
手引きでは、[2]のCVCに関連して、投資の専門性が本業のVCに比して乏しい、経験・スキル・ベンチャー企業とのネットワークが付いてきた頃に人事異動になる、などの課題が指摘されている。前者の問題はVCから人材をヘッドハントしない限り、解決が困難であるからある程度致し方ないということになるのであろうが、後者の問題については通例人事を見直すべしという経営者のコミットが必要である。
手引きでは、[3]の事業部/R&Dに関連しては、根強いNIH(Not Invented Here)志向と、オープンイノベーションの必要性に対する理解の未熟などが指摘されている。
[4]の知財法務部に関連して、手引きには特に指摘がないので、筆者の私見を書くこととする。そもそもオープンイノベーションを行う趣旨は、マーケットニーズの変遷が多様化・高速化していることから、全てのソリューションを自前技術でまかなうことが既に不可能となっているという背景や、多くの大企業においてイノベーションを生み出す風土が欠落して新規事業が形成できないなどいう状況の中で、事業スピードの究極的な向上を目指すということに他ならない。
ところが、事業スピードとリスクは反比例関係にある。つまり、リスクヘッジをすればするほど、事業スピードは低下する。時には交渉決裂となり、別の相手と一から交渉を再開しなければならなくなるとすると、事業スピードは著しく低下してしまう。その間に、アジアの競合たちはどんどんビジネス化してマーケットに参入するわけだから、事業スピードの低下は競争に敗れるリスクを一層高めることに他ならない。リスクヘッジという知財法務の基本的役割を弾劾するつもりはないが、ことオープンイノベーションの場面においては、リスクヘッジは企業のためにもならないし、事業スピードを高めるという経営の意思にも反する可能性があるのである。
初版から第三版と続いた「連携の手引き」は、大企業とベンチャー企業のオープンイノベーションの基本書たる位置づけを有する、といっても過言ではない。手引きにおいては、先進的な企業におけるCVCの活動事例など、多くのケースが掲載されている。
オープンイノベーション関係者には、ぜひ一読願いたい政府刊行物である。