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鮫島正洋
鮫島正洋
内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士(イラスト:高松啓二)

 コロナ禍においてもベンチャー企業と大企業とのオープンイノベーション政策は確実に進展していた。今回は、2020年6月30日付で経済産業省と特許庁が発表した「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」について紹介する

* 「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」 https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200630006/20200630006.html

 読んで字のごとくではあるが、ベンチャー企業と大企業との間でオープンイノベーションを行う過程で締結されるいくつかの契約について、ベンチャー企業側の視点と利益に沿ったモデル契約書が公表された。表現上は「事業会社」となっているが、大企業を含む比較的大きな企業を想定している。同プロジェクトの委員長を拝命した筆者が、この1年半余りに有識者の方々とさまざまな議論を重ねてきた末の成果物でもある。

 オープンイノベーションを進めることが我が国の競争力にとって不可欠との前提はともかく、その現場では多くの問題が指摘されてきた。例えば、ベンチャー企業側が大企業の要望に応じてさまざまな試作品を提供しても一切無償とされ、その揚げ句、プロジェクト自体が頓挫する。大企業がベンチャー企業の技術を採用する方向となったものの、無償のライセンス条件を提示される、といったトラブル事例である。

 大企業の企業力を背景に行われるこのような行為について、政府は2020年4月、公正取引委員会まで巻き込んで「優越的地位の濫用」として取り締まるという方針を公表した。取り締まるという観点のみならず、オープンイノベーションを円滑に進めるという観点から経済産業省/特許庁が合同で進めたのが本プロジェクトである。すなわち、オープンイノベーションを推進するためのツールとしてモデル契約やそれに至る考え方を公表するという考え方をとったのである。

目玉はPoC契約

 本プロジェクトは、オープンイノベーションにおいて頻繁に用いられる4つの契約(以下の①~④)にフォーカスした。ベンチャー企業が大企業とオープンイノベーションを開始するときに、まずは情報交換を行うが、これに伴って多くの場合、①秘密保持契約(NDA=Non-Disclosure Agreement)が締結される。ベンチャー企業と大企業とで情報を共有した結果、大企業がベンチャー企業の技術力に魅力を感じた場合、いわゆる「お試し」を依頼することになる。この際に締結されるのが②PoC契約である。PoCとはProof of Concept(概念実証)の略だ。PoCの趣旨は、ベンチャー企業の開示する技術が実体を伴ったものであるか、ベンチャー企業の事業構想が小規模ながらもワーク(機能)するかどうかを検証する、といったものである。

 PoCで双方が満足すると、事業化に向けた本格的な研究開発を始めることになる。この際に締結されるのが③共同研究開発契約である。事業化を進めることになった場合、大企業は、ベンチャー企業がもともと保有していた技術や、共同研究で生まれた技術についてライセンスを受けてこれを行うことになる。この際の契約が④ライセンス契約である。

 本プロジェクトの目玉として世に新たに問うのは、②のPoC契約である。従来のPoCは、ベンチャー企業と大企業のオープンイノベーションの中で、「なんとなくの“ノリ”」に基づいて、なんの契約も締結されずに進められていた。結果、ハードウエアの試作のためにベンチャー企業が相当の費用を投じても大企業から回収できなかったり、複数の企業とPoCを行っても一向に売り上げにならずに業績を上げられなかったりと、いわゆる「PoC貧乏」とも表現される事案が横行していた。

 本プロジェクトでは、PoC契約を締結する慣習を浸透させることによってこのような事態に陥ることを防ぎ、次のステップである共同研究フェーズに円滑にたどり着くためのいくつかの工夫をPoC契約で行った。

 有識者委員会において悩んだ点は、どこまでベンチャー企業に優位な条項とするか、ということであった。本モデル契約はベンチャー企業のみならず大企業側(知財部・法務部)も見るだろうから、あまり先鋭的な条項にはしにくいという意見や、とはいえベンチャー企業と大企業との間の新しい実務慣行を創るのだから、大企業の固定観念を崩すようなものにすべきだという意見など、いろいろな意見がある中で着地点を求めた結果の成果物であるということも併せてご理解いただきたい。