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鮫島正洋
鮫島正洋
内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士

 先月、令和初の「知的財産推進計画2019」が公表された。知的財産推進計画は、我が国の知財戦略を推進するために、国家の競争力と個々の企業や大学の知財戦略を結び付ける基本的な指針たる存在であり、その具体化のための方策として、さまざまな官庁によってなされるべき政策が記載される国家戦略文書である。

 かつては、「特許の審査スピードの向上」など、すぐれて技術的な政策が記載されていたり、「知財の普及啓発による中小企業の競争力向上」が政策の一丁目一番地として記載されたりした。要するに、「知財」領域にかなり特化した内容だったわけである。そのため、知財業界以外の方がこれに接することは少なかったし、またその必要性も少なかった。

* 知的財産推進計画2019のPDFは以下の通り。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20190621.pdf

 令和初の知的財産推進計画は、従前の枠組みを完全に踏み越えた仕上がりとなっており、日本の競争力に携わる方、それに関心を持つ方であれば必読の内容となっている。いくつか特徴的なフレーズを抜き出すことにする。

 推進計画は、知財戦略による日本の競争力に向けた提言として、以下のように結論付ける。

「多様な価値を提示し、実現の過程で「日本の特徴」をうまく活用しながら、他国には真似することが難しい、尊敬されるような価値デザイン社会の実現を目指していく」

 ここで、「価値デザイン社会」という聞き慣れない概念については以下の記述がある。

「新しい価値の創出プロセス自体が民主化し、それぞれの主体がより積極的に新しいアイデアを構想(デザイン)して世に問い、共感を得て新しい価値を規定し、社会を変えていくことが求められる。それが「価値デザイン社会」 の本質である」

 少々哲学的な文章であるが、筆者なりの理解を示すと以下のようになる。

 今、あるベンチャー企業が世界中の地理・地図データを集積し、これを無償で提供し始めた。インターネットを通じてそのデータに気軽にアクセスできるようになったユーザーは、タクシーの代替サービスや人々の動きを予測するサービスなど、さまざまなビジネスを展開し始めた。これが、イノベーターが「新しいアイデアを構想(デザイン)して世に問」うステップである。これらのサービスが、より多くの人々の心を捉えたときに、「共感を得て新しい価値を規定し、社会を変えていく」ことにつながっていく。従前であれば、地理・地図データを集めたならば、コスト回収のために有償提供とすべきところ、これをあえて無償提供することにより、市民に普及させて後利を採るわけであるが、その過程ではさまざまな価値がさまざまな主体によって生み出される。この連鎖を「新しい価値の創出プロセス自体が民主化」していると表現したのである。

 ここにいう「価値」という言葉が、多義的であることに気付いたであろうか。推進計画では、以下のように定義されている。

 「ここでいう価値とは、従来の資本主義社会が重視してきたような経済的価値にとどまらず、社会的要素や文化的要素などを含む多様なものであり、それが結果的に経済的な価値にもなる」

 つまり、経済的価値や短期的利益を念頭に置いた20世紀型の資本主義ではなく、より多くのステークホルダーの利益を最大化し、金銭のみならず無形な価値も肯定的に評価するという21世紀型の公益資本主義への転換が前提とされていると言っても過言ではない。