ベンチャーを支援するKDDI
この2年の大きな変化は、特許庁が中小企業のみならず、ベンチャー企業にも注力し始めたことです。ベンチャー企業に注力する際には中小企業とは異なる留意点が存在します。最も顕著な点は、いわゆるベンチャーエコシステムです。ベンチャー企業の最初のステージは「スタートアップ」と言われますが、これは人間にたとえると赤子のようなものであり、周囲からのサポートがなければ何もできません。この周囲からのサポート、つまり、母親であり、家庭や保育園に相当するのがベンチャーエコシステムです。
このベンチャーエコシステムを構成するのは、私のような専門職の他、ベンチャーとの共同研究によりPOC(プルーフ・オブ・コンセプト)を実現する大学・国立研究所などの公的機関、ベンチャーに対する資金の出し手であるエンジェルやベンチャーキャピタル、そして、具体的な協業先である、より成熟した企業体(大企業や中堅企業)などです。
2018年8月の終わりに開催されたベンチャーエコシステムをテーマにした委員会では、今年度、ベンチャーの発展に貢献した大企業として表彰を受けたKDDIからプレゼンテーションがありました。大変感銘深かったのは、同社が自社の利益のためではなく、ベンチャーの利益を第一優先(ベンチャーファースト)としてベンチャーコミュニティーの運営に当たっているということです。ベンチャーの成長と共にいつか自社にも利益還元されるであろうし、それでいいのだという同社の考え方は、短期決算を指標とする従来の資本主義とは一線を画しています。
現状ではKDDIのようなベンチャーファーストなスタンスを貫く大企業はごく少数派であり、短期的視点に基づいた自社利益優先のスタンスをとる大企業が多いのが実情です。しかし、ベンチャーのイノベーションを自社の競争力の一部として取り込む場合、どちらのスタンスが正しいのかという論点があります。
この点については、自社利益優先/ベンチャーファースト、いずれの大企業が中・長期的に見て生き残るのか、という壮大な社会実験プロセスが始まりました。短期的視点に基づいた自社利益優先のスタンスをとり続ければ、やがて、全てのベンチャーからそっぽを向かれることは自明の理。そうした企業は自らイノベーションを創らない限り、イノベーションを経営に生かすことができなくなるというのが普通に考えた場合の帰結です。イノベーションを経営に生かすことが重要であるという前提を採る限りにおいて、結果的には、ベンチャーファーストなスタンスの大企業が生き残るのではないかと予測します。そして、その社会実験の結果が世の中に浸透したときに、ベンチャーと大企業の新たな関係性が生まれることになります。同時に、それが日本復興への第一歩となるのではないでしょうか。