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「訴訟件数を増やそう」という議論は早計

 そもそも一国の訴訟制度は、その国のビジネスインフラです。ビジネスインフラである以上、どのような考え方に基づいて、どのような制度設計をすれば、日本国内のあまねくセクターの産業が公平かつ公正な競争環境の下で効率よく発展し、投資するに適した市場として外貨を導入できるのかという観点で議論すべきです。このような議論の結果、「特許訴訟の認容額を増やすべし=それが日本の市場競争力につながる」という論証を経るのであれば、正しいプロセスによる法改正と言えるでしょう。しかし、筆者の知る限り、このような論証には接したことがありません。

 「日本は特許訴訟が少なすぎるからもっと増やすべき」、という議論も同様です。確かに、米国で6000件/年(うち過半がNPEによる提訴)、中国では1万件超/年の特許訴訟件数に対して、日本は150件程度/年と横ばいで推移しています。これら3地域のGDPに鑑みると極端に少ない。しかし、だからといって、「訴訟件数を増やそう」という議論は早計です。特許訴訟を増やすことが日本の市場競争力を増し、外貨導入に資するという論証があればそうすべきですが、そのような論証を経ない限り訴訟件数は現状維持とするしかありません。そういう観点から、冒頭に「訴訟を提起するインセンティブ」を確保することが必要なのかどうか、という論点を提示しました。

 単純に考えれば、「NPEが跋扈(ばっこ)する米国市場」「何かの折にすぐに提訴される中国市場」と比較して、「少々の特許問題があっても簡単には提訴されない日本市場」という評価が成り立つことが悪でしょうか。少なくとも、和と協調を重んじる日本の文化・風土・国民性に添っていることは間違いありません。また、企業のオペレーション効率を害するという観点からは必要悪だとも評価できる訴訟のリスクが少なく、その分ビジネスにリソースを注力できる投資に値する市場環境であるとの評価も成り立ちます。少なくとも、「何でもかんでも特許侵害で提訴される市場を創りたいのか」と聞かれれば大方のビジネスマン(訴訟ユーザー)は「NO」と答えるでしょう。

 そういう市場は、特許弁護士など、特定業種に利益を偏らせるだけだと思います。