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鮫島 正洋
鮫島 正洋
内田・鮫島法律事務所 代表パートナー 弁護士・弁理士

 10月から翌2月は講演シーズンである。中小企業・ベンチャー企業向けの講演が多い筆者の場合、依頼主の大半は地方自治体や商工会議所といった公的な性質を帯びる団体だ。そのため、依頼主の予算執行の関係上、年度末に向けて多くの講演が企画される。筆者自身が講演する機会も増えるが、他の講師の講演を拝聴する機会も多くなる。今回は、2019年11月に拝聴した講演の中で、記憶に残った言葉を3つ取り上げたい。

 同月に福井県主催で行われたイベント「ふくい知財フォーラム」では、作家である池井戸潤氏の小説「下町ロケット・ガウディ編」の実在モデルである三者〔福井経編興業(福井市)の高木義秀社長、大阪医科大学の根本慎太郎教授、筆者〕が一堂に会して、講演を行った。折しも、ラグビー熱気が残る中、実在モデル三者はラグビー日本代表のユニフォームを羽織って講演するというおまけもついた図1。地元からは100人を超える聴講者が集まり、会場は大いに盛り上がった。

図1●ふくい知財フォーラムでラグビー日本代表のユニフォームを着て講演する筆者
図1●ふくい知財フォーラムでラグビー日本代表のユニフォームを着て講演する筆者
(出所:内田・鮫島法律事務所)
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 記憶に残った1つめの言葉は、その後のセッションに登壇されたミツフジ(京都府・精華町)の三寺歩社長の言葉である。

 「今のビジネス手法には電気屋も機械屋もコンピューター屋もない。あるのは、社会課題を特定し、それを解決していくという手法で、これのみが正しいビジネスのやり方であるといえる」。

 ミツフジは京都発のベンチャー企業であり、ナイロン繊維に銀コーティングを施す基本技術を保有する。同社はこの技術を駆使して製造した、通電性のある繊維をウエアラブル分野に展開する。技術のラインアップとしては、コーティングといった素材的な側面と、ウエアラブルの設計という通信にも及ぶ技術的な側面がある。

 さらに、ウエアラブルを利用したサービスモデルを米アイ・ビー・エム(IBM)などの大手企業と構築しており、その技術領域は人工知能(AI)などの最先端技術にも絡む。技術主導型の発想(プロダクトアウト)では、こうした多岐に渡る技術を組み合わせたビジネスを展開することは不可能である。まさに、世の中に何が必要とされており(社会課題の特定)、そのために自社は何を用意できて、足りない技術は他者からどのように補うのか(オープンイノベーション)という発想があって初めて可能となるのである。

 2つめの言葉は、東京に戻り、懇意にしているリアルテックファンド(東京)の決起集会に参加した際のパネルディスカッションでのユーグレナ(東京)の出雲充社長の言葉だ。

 「社会人になってからの教育費について、米国が10兆円であるのに対し、日本は5000億円という統計がある。これが両国の労働生産性の差を作り出している要因だとすると、まっとうな手法で日本が米国に追いつくことは不可能だ。唯一、可能な方法はイノベーションを興し続けること。尖った人材により成されるイノベーションは、統計値だけからでは計り知れないポテンシャルがあるからだ」。

 第33回のコラムにも書いたように、日本政府は「尖った人材」を育成・優遇する政策を採り始めており、この言葉通りの政策展開を始めている。高度成長期の日本は、均質でレベルの高い人材の育成に努め、世界でも類のない格差の少ない中流社会を実現したが、もはやその手法では論理的にも統計的にも限界がある、ということである。

 最後の言葉は、ある大企業のオープンイノベーション会合に出席した時に目にしたものである。「オープンイノベーションを行う目的は?」というスライドの中で、「技術の取り込み」や「企業風土の改革」といった項目の最後に「なんとなく…」と記載されていた。