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 建築士が裁判に巻き込まれる。そのとき、仕事は、暮らしはどう変わってしまうのか。コストコ多摩境店事故の刑事訴訟で約3年争った高木直喜建築士は、「途中で設計に加わった私はスケープゴートにされた」と語る。

刑事事件の裁判は約3年続いた。長期にわたって訴訟が続くなか、生活にどのような変化があったのか。

 一審で有罪判決が確定したとき、ニュースを見て妻が倒れました。もともと病気の治療中で体調を崩していたのですが、心労がたたったのでしょう、入院することになりました。私の周囲の人々も「刑事訴訟では有罪にならないだろう」と話していたため、特にショックが大きかったのでしょうか。妻は入院したまま帰らぬ人となりました。

 コストコ多摩境店のスロープ崩落事故をめぐる刑事裁判で、業務上過失致死傷罪で2013年12月に在宅起訴された高木直喜建築事務所(石川県野々市市)の高木直喜代表。多摩境店は発注者の意向で構造設計が変更されていた。

高木直喜建築事務所の高木直喜代表。コストコ多摩境店の設計変更に携わった。本体とスロープをコンクリート製の床スラブで連結すると認識しており、そのように設計をしていたと話す(写真:日経アーキテクチュア)
高木直喜建築事務所の高木直喜代表。コストコ多摩境店の設計変更に携わった。本体とスロープをコンクリート製の床スラブで連結すると認識しており、そのように設計をしていたと話す(写真:日経アーキテクチュア)
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 東京地方裁判所立川支部は16年2月、多摩境店の設計変更に関わった高木建築士を、「接合部を床スラブにより接合する前提で構造設計したことを意匠設計担当者に確実に伝えず、その内容を正確に把握できるように配慮しなかった」として、禁錮8カ月、執行猶予2年の判決を言い渡した。震災による建物被害で構造設計者が刑事責任を問われ有罪判決を下される事例は珍しく、建築関係者のみならず広く世間から注目された。

無罪判決まで1500万円の出費

時間や費用の負担は大きかったのでは。

 無罪になるまでに裁判にかかった費用や交通費など諸々で1500万円ほど出費しています。経済的な負担は大きかったのですが、幸い訴訟を経ても仕事の依頼はありました。

 ただ、事故に関する捜査に協力するため頻繁に東京に行かなければなりませんでした。まだ金沢駅まで新幹線が開通していなかった(北陸新幹線金沢駅の開業は15年3月)ので、野々市駅から越後湯沢駅を経由して東京に向かいました。片道5時間ほどかかります。仕事の都合で日帰りしなければならないときは、始発で東京に向かって午後11時すぎに自宅に戻ることもありました。

 二審で無罪になった後、東京地検立川支部が事故について再捜査をしています。私にも「話を聞きたい」と連絡がありました。「調べ直しに協力する前に、謝罪が先ではないですか」と聞いたのですが、「しゃべりたくなければ、しゃべらなくていい」と言われ、謝罪はありませんでした。結局、私は設計に後から加わった建築士なので、スケープゴートとして起訴しやすかったのでしょう。

 一審判決に対し高木建築士は、「判決には事実誤認と法令適用の誤りがある」として東京高等裁判所に控訴。16年10月13日の控訴審で東京高裁は、東京地裁立川支部の判決を覆した。

 判決文では、高木建築士が変更後の構造計算書と構造図を、意匠設計担当者や構造設計担当者に示していたことは「証拠上明らかな事実」と指摘して、無罪判決を下した。同年10月27日に東京高等検察庁が上告を断念したことで刑事訴訟の判決は確定し、一審から約3年続いた刑事訴訟が終結した。

事故後に被害者と話をしたか。

 11年4月後半に、事故の被害者の遺族が2人、警察から聞いたといって訪ねてきました。今回の事故と設計・施工の因果関係について聞きにきたのです。彼らは涙を流しながら「スロープが崩落した本当の理由を教えてほしい」と私に尋ねました。しかし、事故の原因は1つだけ、ということではありません。十分に説明ができたかどうかは分かりません。その後、裁判所で再会したときには、遺族ににらまれたこともありました。