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前田とは、クルマのコモディティ化が進む中で、マツダが目指すのは、持つ喜びを感じさせてくれる「機械式腕時計」ではないか、という話をしたことがあるんですよ。

前田育男氏 マツダ 常務執行役員<br> デザイン・ブランドスタイル担当
前田育男氏 マツダ 常務執行役員
デザイン・ブランドスタイル担当
(撮影:栗原克己)

宮川真一 お茶の世界でいうと、ペットボトルのお茶って、買ってすぐに飲めて便利だから、皆に受け入れられて普及していると思うんです。ただ、どれだけペットボトルが広まっても、急須で淹れたお茶を飲む人って、一定数は残る。私たちは、そちらの方々に向けて「手仕事」を続けていかなあかん、と思っているんです。

まさに同じ方角ですね(笑)。話を戻すけど、海外の方たちと私たちの間にある「日本らしさ」の捉え方のギャップをいかに埋めるかは、海外市場を真剣に見据えた場合、避けては通れない問題だよね。

宮川真一 確かに本質的な日本の美や精神性って伝わりにくいと、海外に行くたびに実感します。ですが、海外の方々は、それらにとても興味を持ってくださるのも事実です。

前田 少し前に興味深い体験をしました。マツダには、欧米にもデザインスタジオがあるのですが、現地スタッフたちに我々の「引き算の美学」を理解してもらうための研修会を開いたんです。でも、普通にやっても、微妙な空気感まではとてもじゃないけれど伝わらない(笑)。そこで一計を案じて、彼らと一緒に「マツダ独自のフォント」を作ってみることにしました。日本に呼んで合宿をしながら、漢字やひらがなの「とめ」や「はらい」「はね」を一つひとつ確認して、その勢いやカーブのあり方を吟味していく。文字って深くて、そういった作業をやっていくと、日本の美意識のようなものが自然に浮かび上がってくるんですね。皆、とても興味を持って取り組んでくれましたし「引き算の美学」についてもかなり理解を深めてくれたと感じています。

それは面白い。ちなみに「マツダらしい」フォントって具体的にどんな感じ?

前田 クルマってタイヤが四隅にある乗り物だから「不安定さ」は絶対にNG。だから下が細くなるフォルムの文字などには、安定感を出すためのアレンジを施したんだ。そうやって全体のフォルムで自動車メーカーたる「マツダ」らしさを出したうえで、曲線や線の強弱で「日本らしさ」を出していったんだ。

宮川真一 「日本らしさ」を伝えるためのアプローチとして、とても参考になります。実は、私どものように工芸品を作っていると、海外の方に「ハンドメイド」って言っても伝わらないことが多いんですよ。真葛焼が、一つずつ、ろくろでひいて、手で描いていると言っても「どこかで機械を使っているんでしょ」なんてことを言われたりもしますし(笑)。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)

欧米では高級食器ブランドでも機械化が進んでいるし、手で絵付けをするなんてところはごくわずか。日本のような手仕事はほとんど残っていないですもんね。

前田 そういうお話を伺って感じるのは「手作り」そのものというより、手仕事のスキルを持った「人間」に価値があるということです。国を挙げて、ほかにない技を持つ匠たちにしっかりと対価を払うようにしていかないと、伝統的な工芸が下火になってしまうのではという危機を感じています。

マツダは「匠モデラー」とか、高い技能を持つ人たちを評価するシステムを作って、作り手たちのモチベーションを大きく上げたんだよね。

前田 そう。天才的な感覚を持つモデラーや、高い技能を持つ職人といったタイプの社員たちの職位を一気に部長クラスに上げたんですよ。

宮川真一 若い人たちにもいい影響を与えそうですね。

前田 ええ。若い連中が彼らの背中を見るようになりました。いい仕事をすれば認めてもらえる。そのお手本が目の前にいれば、やる気も出ますよね。

宮川香齋 私の若い頃は、数を作ることで腕が決まっていったのですが、そうして自分たちが手がけたものを買っていただけることが何よりも励みになりました。今は、当時ほどには数が出ませんが、そういった体験を若い子たちにもしてもらえたらと思います。

なるほど。悩みもあろうけど、葛飾北斎の飾り大皿も多くの人に買っていただけるよう真剣に取り組まなきゃならないということですね(笑)。そうらしいよ、真一さん

宮川真一 はい、がんばります(笑)

海外に向けて伝えたい「日本らしさ」から、若手育成まで幅広い話題で進む「ものづくり論」。ますます議論が深まっていく後半にもどうぞご期待ください。

(撮影:栗原克己)
(撮影:栗原克己)

(文:常緑編集室 服部夏生)

前田育男 マツダ 常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当

1959年生まれ。修道中学・高等学校、京都工芸繊維大学卒業。1982年にマツダに入社。横浜デザインスタジオ、北米デザインスタジオで先行デザイン開発、FORDデトロイトスタジオ駐在を経て、本社デザインスタジオで量産デザイン開発に従事。2009年にデザイン本部長に就任。デザインコンセプト「魂動」を軸に、商品開発、展示会や販売店舗のデザインなど総合的に推進するプロジェクトをけん引した。2016年より現職。

仲森智博 日経BP総研 フェロー
1959年生まれ。修道中学・高等学校、早稲田大学理工学部卒業。1984年沖電気工業入社、基盤技術研究所にて結晶成長の研究などに従事。1989年日経BP社入社、日経メカニカル(現日経ものづくり)編集長、日経ビズテック編集長、日経BP未来研究所長などを経て2018年から現職。早稲田大学研究院客員教授なども務めた。『思索の副作用』(電子出版)、『自動運転』(共著)など著書多数。日本文化、伝統工芸の分野での仕事も多く、「技のココロ」(連載、共著)、『日本刀-神が宿る武器』(共著)などの書籍、記事がある。

日経BP総研のWebメディア「ものづくり未来図」から転載