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 高知県では1990年代半ばくらいから、これまで住宅を中心に活動していた「土佐派」と呼ばれる複数の設計事務所を中心に、木造の公共建築物に取り組み始めた。小さなコミュニティーということもあり、その後、木造建築を手掛ける設計者が増えていった。前編に続き、高知県の3人の設計者に木造建築のノウハウを聞く。

座談会の出席者(五十音順)
  • 建築設計群 無垢 東哲也氏
  • 建築舎KIT代表 喜多泰之氏
  • 鈴江章宏建築設計事務所代表 鈴江章宏氏
モデレーター
  • 日経BP総研 社会インフララボ 上席研究員 小原隆
宿毛商銀信用組合(宿毛市、2017年、艸建築工房)。木造軸組み+CLT(写真:艸建築工房)
宿毛商銀信用組合(宿毛市、2017年、艸建築工房)。木造軸組み+CLT(写真:艸建築工房)
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小原:高知県内に最近完成した木造建築をいくつかご案内していただきましたが、今もチャレンジが続いている印象を受けます。

鈴江:はい。CLT(直交集成板)建築を含めてチャレンジし続けています。

小原:木造建築の設計ノウハウを共有する仕組みはありますか。

鈴江:勉強会を頻繁に行っているわけではありません。ただ、設計者同士は仲が良いというか、あまりお互いに情報を隠したりしません。みんな、見せ合ったり、それぞれがつくった建築を批評し合ったりするということを以前からやっていたようです。組織や職能団体の枠を超えてつながっているので、木造に関しても自然にノウハウが共有できているのではないでしょうか。

喜多:失敗を簡単に話してくれる仲間の存在は大きいですね。日々雑談する中で成功も失敗も共有し、蓄積していく。だから、「木造でこれをやってはいけない」という鉄則は、我々の中に普通に刷り込まれているのです。

 例えば、軒を設けない建築があるとします。スギ板の本実を張るかと言ったら張らないでしょう?

:張らないです。

鈴江:そうですね。

喜多:それがノウハウの蓄積だと思います。私と鈴江さんは8歳離れていて事務所も違いますが、鈴江さんに質問されて答えることはよくあります。「こういうことをしたい」というのがあれば、「これはやってはいけない」というのもある。そうやって「口伝」として伝わっていきます。ノウハウは知らず知らずのうちに学んでいるのです。

:その通りです。知らないうちに。勉強会などで得た情報ではなく、体になじんでいる。

喜多:だから絶対にしてはいけないことについては、トライ・アンド・エラーのトライをしなくて済んでいます。

:高知県外の設計者の仕事を見て、「高知でこんなことをやったら絶対に雨が漏るな」と感じることはよくあります。

鈴江:例えば東京と、雨風の激しい高知の人とでは、全く違う設計をすると思います。どちらかというと高知の設計者は、優先順位として見た目よりも雨を漏らさない納まりを大切にします。木をこう使ったらおかしいということを、先輩の土佐派の住宅などを見ながら学びます。

 実際に見て、あれこれ質問することで、知識が自然と身に付いていく。それを知らないと結構、乱暴というか、木の使い方が荒っぽくなる。先輩たちには「これはプロの仕事ではない」と言われてしまう。

 以前、他の地域から来た設計者は、高知の設計者の仲の良さにびっくりしていました。普通は失敗談をライバルである同業者にすることはない、と。

喜多:ハウスメーカーは何十万件も建築していて、それらのクレームをノウハウとして共有し、その後は間違えないようにしています。一方、我々設計事務所が手掛けられる建築は数が知れています。そのクレームを一人ずつが抱え込んでいても仕方がありません。失敗はみんなで持ち寄って共有すべきです。