木造建築で一歩先を行く欧州。その動向に詳しい日本福祉大学建築バリアフリー専修の坂口大史助教が、フィンランドと英国における建築物の木造・木材利用についてリポートをまとめた。前編のフィンランドに続き、英国の取り組みから、日本で木造・木材利用を進めるためのポイントを聞いた。
前編のフィンランドに続き、英国の動向を教えてください。
坂口大史氏(日本福祉大学建築バリアフリー専修 助教):英国は、森林面積が国土の約12%と少ない。森林国で林業の盛んなフィンランドとは違って、木材は輸入に大きく頼っています。フィンランドは人口が少なく低密度であるのに対して、英国は人口が多く首都ロンドンは約900万人と大都市を擁しています(フィンランドの首都ヘルシンキは約60万人)。戦略的に木造・木材利用を進めてきたことが、日本のヒントになるのではないかと考えました。
もともと英国は建築の構造形式として伝統的に組積造が多い国です。住宅や建築を取り巻く背景としては、以下が挙げられます。
- (1)都市部における住宅市場の高騰と深刻な住宅不足
- (2)厳格化される建物の性能評価と環境政策への対応
- (3)工期が不安定な建設市場に対する不動産投資家の不安
森林や木材が身近でない都市の住民が多く、高密度の都市で木材利用を図っているという点では、日本の状況に近いように思えます。どのような取り組みで木造・木材利用が進んでいるのでしょうか。
坂口氏:英国では、住宅供給政策、ゼロエミッション/カーボンニュートラル関連施策、省エネ/高断熱化住宅関連施策といった政府の取り組みが、建築物の木造化を推し進めたと考えられます。まず、住宅宅供給政策については「アフォーダブル住宅プログラム(2016-2026)」が進められてきました。これは、低所得者~中所得者向けの手ごろな(アフォータブルな)住宅を約13万5000戸供給する計画です。
これに、ゼロエミッション/カーボンニュートラル関連施策として、The Woodland Carbon Code(生物多様性の実現、二酸化炭素削減温暖化ガスの削減、自然エネルギー活用)、UK Clean Growth Strategy(二酸化炭素の削減を多方面に推進、強力で魅力的なカーボンオフセット市場を構築)などが、木材活用を後押ししています。
このほか、住宅の省エネ/高断熱化についてEPC(Energy Performance Certificate)が求められていることが挙げられます。これは、住宅の売買もしくは賃貸契約を結ぶ際に、EPC(エネルギー消費量・光熱費、A~Gランク付け)を取得する義務があり、これは新築にはもちろん既存住宅にも適用されます。
こうした政策を背景に、例えば高断熱化を低コストで効率よく行うためにプレ断熱木造パネル工法が開発されています。OSB(配向性ストランドボード)材で断熱材を挟み込んだパネルを使うものです。組積造が多かった英国において、建物のエネルギー性能などの面でこの工法が選択されるようになっているといいます。
木造・木材利用を建築業界はどう受け止めていますか。
坂口氏:英国の建築業界において特徴的なこととして、建築工事が遅れがちということがあります。統計によると、建設事業のうち52%が工期内に完成できず、70%が工事中に何らかの遅れがあるといいます。このことは投資家にとって大きなリスクとなっています。こうした建築業界の短所を補うために、工期を可能な限り短縮し、安定的な投資先を確保する狙いから、木造が選択されているのです。
例えば、CLT(直交集成板)を活用した木造による工期短縮については、様々な工程において、2~3割の工期短縮が期待できることが分かっています。建物規模が大きくなるほど工期短縮のメリットは大きく、投資家の不確実性を取り去り、投資回収にも有益となります。また、学校建築といった予算消化時期や運用開始時期が厳密に決められている公共事業の建物などで、工期が守られることが重視され、木造が選択されるようになっています。