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2000年も前から多層階の木造建築

 あまり知られていないが、欧州では古くから多層階の木造建築をつくってきた歴史がある。

 今から2000年前の古代ローマにおいて、5階建てくらいの木造集合住宅が建てられ、街並みを形成していたとされている。そしてローマ帝国が滅び、いったんは多層階の木造建築の技術も失われた。

 その後、ルネサンス期に向けて、再び木造の多層階建築で街並みが形成されるようになった。

 ところで、なぜ欧州の人たちは、建物を縦に伸ばして都市をつくったのだろうか。私が学生の頃には、大学の教授から「城壁都市だから」と説明された。しかし、都市部で狭い範囲に集合住宅が密集して建てられているばかりでなく、中山間地域でも戸建てではなく、多くの多層階の木造建築がつくられている。

 そこには森林資源の問題が関係していると私は考える。街を広げず、建物を長寿命化、大型化することで、建築用材やしん炭材の有効利用を図ったのではないか。

スイス・エヴォレーヌ村。中⼭間地域でも多層階の木造建築が多く建てられている(写真:Ueli Raz)
スイス・エヴォレーヌ村。中⼭間地域でも多層階の木造建築が多く建てられている(写真:Ueli Raz)
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 欧州は夏季に雨が少ないこともあり、農業の生産性が低い。そのため、モンスーン気候の日本よりも1人当たり3倍程度の農地面積がないと農業は成り立たない。これが大開墾運動につながり、森林をどんどん伐採していった。

 その結果、都市を広げたくても、建物を建てるための用材が不足し、暖房やパンを焼くためのしん炭材も欠乏していった。

 15世紀の「ベリー公のいとも豪華なる時祷書(じとうしょ)」には、針葉樹ではなく、ナラの木が描かれている。家畜に食べさせるドングリが採れるからだ。さすがに貴重な食糧である小麦を家畜に食べさせるわけにはいかないので、実のなる木は大切だ。ナラの木は造船にも使われた。欧州は、このように森林資源が乏しい時代を何百年も過ごしてきた。

 そしてイノベーションが起きた。「森林を活用するためのルールをつくろう」という動きが表れたのだ。例えば、各地の「ヴァイステューマー(中世の習慣法)」や「フォルスト条例(森林条例)」だ。

 「建物の定期検査・修理」「建物の1階は石で仕上げる」「建物を高く増築することの禁止」など、建物をしっかりつくって、長持ちさせようというという考え方を決めた。つまり、都市や建築の持続可能性を目指した。

 街は変わった。1階を石造として、ナラの木の曲がった材や短い材を有効に使い、「床勝ち」の建物をつくった。床勝ちの構法がつくられ、普及したのは恐らくこの頃だろう。

 長い柱や梁が採れた頃とは違い、短い材を継ぎ足し、工夫して使わなければならない。ただ、悪いことばかりではなかった。床を勝たせることが、短い材で階層を積む発想につながった。

ホンブルクの街並み。⽊造5階建て、1階は⽯造の集合住宅が隙間なく連なる(写真:Klaus Zwerger)
ホンブルクの街並み。⽊造5階建て、1階は⽯造の集合住宅が隙間なく連なる(写真:Klaus Zwerger)
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