2018年12月4日、東京・港区の赤坂インターシティコンファレンス「the AIR」で「木材活用フォーラム2018」が開催された。パネルディスカッションの2つ目のテーマは、「山と環境、木造建築を考える」。日経BP総研の小原隆の司会で、法政大学の網野禎昭氏、三井住友信託銀行の伊藤雅人氏、住友林業の佐野惣吉氏が同テーマにまつわる現状を報告した後、議論した。
パネリスト(五十音順)
- 法政大学 デザイン工学部建築学科 教授 網野禎昭氏
- 三井住友信託銀行 不動産コンサルティング部 環境不動産担当部長 伊藤雅人氏
- 住友林業 市場開発部 副部長 佐野惣吉氏
モデレーター
- 日経BP総研 社会インフララボ 上席研究員 小原隆
ESG投資が木造マーケットを拡大
佐野:住友林業はいわゆる材木屋として300年以上の歴史があります。山林事業で生産した木材を加工して流通させ、木材は建築に、その他はバイオマス発電に使用し、それらの収益で山林を育成しています。自社グループ全体で、木を植えて育てて伐採してまた植えるという、循環型経営を行っています。国内では、スギ、ヒノキを中心に60~80年間で循環させ、そのサイクルで木をいかに使うかが命題です。
当社は住宅会社のイメージが強いのですが、2011年4月に非住宅建築事業を開始しました。10年10月に「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が施行されて以降、12年ごろから積極的に住宅以外の建築物を手掛けています。これまでの木造住宅事業の知見を生かし、幅広い分野で、木造・木質空間と親和性の高い建物に取り組んできました。現在は、木材の生産者の立場からも、木を使っていただく方々を試行錯誤しつつ新たに探しています。
次に、パネルディスカッションの問題提起の話題として、世界的な木造の中高層建築のトレンドについてお伝えします。現在、世界の木造の中高層建築物マーケットは拡大傾向にあります。その理由として、環境に関する「パリ協定」「ESG投資」「規制緩和」という世界的な潮流から、海外資本の流入、国際的な環境配備の要請があることが挙げられます。また、木構造についても耐火部材、建設工法などの技術開発を進めていることが、マーケットの拡大を後押ししています。環境に配慮する企業へ投資しようという機運が生じ、相当の金額がESG投資に流れ始めています。
世界各国では既に木造中高層建築が増えつつあります。完成すれば世界一の高さとなるオーストリアの混構造の複合ビル「ホーホータワー」、プレハブ化で鉄筋コンクリート造と比べて数カ月の工期短縮を実現したノルウェーの複合ビル「ミョーサタワー」の他、米国やカナダ、オーストラリアなどでも注目度の高い事例があります。
なぜ、先ほど挙げたような海外の国では日本より早く木造中高層建築に取り組めたのでしょうか。その理由は木を木材として、あるいはエネルギー資源として使用するという社会システムが確立されている点が挙げられます。建材として使いやすい環境が整っているため、コスト的なメリットもあります。日本ほど地震が多くないという点も大きいでしょう。
では、日本の状況はどうでしょうか。日本の国土、約38万ヘクタールのうち森林は約7割を占めています。国産材の蓄積量は1966年以降徐々に増え、現時点で約49億m3となり、積極的に使う時期を迎えています。1960年の輸入自由化以降、外材の輸入量が増加しているものの、木材自給率は2002年の18.8%で底を打ち、16年に34.8%まで回復しました。
一方、1960年から05年までスギ中丸太の価格はほぼ横ばいです。1985年のプラザ合意以降に円高が進み、国産材よりも安価な外材が流通するようになったことから、生産者の収入減に拍車がかかりました。これを機に十分な手入れができず山林が荒れ始め、森林の公益機能が低下し、昨今の土砂崩れなどの災害にもつながっています。
国産材の流通促進に向け、こうした背景を解決するために、国は様々な対策を進めています。公共建築物に積極的に木材を使うといった法整備のほか、木材の安定供給体制を構築して、稼げる林業を実現するため、森林・林業再生プランが設けられています。また、17年に閣議決定した森林環境税を基に森林整備も促進されていくでしょう。
環境配慮の「見える化」が課題
伊藤:信託銀行はもともと不動産の売買や有効活用に関するコンサルティング、そして不動産の鑑定評価、不動産信託といった不動産事業を行う銀行です。その中で私は、環境に配慮した不動産を世の中に広げるためのビジネスを構築する仕事を担当しています。
環境に配慮した不動産の普及に立ちはだかる大きな壁は、環境配慮に対する投資に見合った価値が、なかなか付加価値として見えにくいことだと思います。それに関して、これまでいくつか提言をしてきました。まず一つは、不動産評価の理論からも、環境配慮について付加価値が示せるのではないか、ということです。
投資の⽴場では、不動産の価格は、不動産が⽣み出す純収益を不動産の利回りで割って求めます。純収益の面で言えば、例えば省エネルギーに伴う費用の低減や、室内環境の魅力向上に伴う収入の増加などが、純収益の増加につながり、不動産の価値を高めることとなります。一方、利回りが低いほど、不動産の価値は⾼くなります。実は、投資家は利回りで不動産の収益に関する変動リスクを⾒ているわけです。このリスクが低いほど、低い利回り設定で投資価格を⾒⽴てることができます。
リスクに関してさらに言えば、将来に向けた不動産保有リスクの低減も重要です。投資家は、例えばエネルギー価格が高騰すれば、対処しなくてはなりません。なぜ世界中の投資家がESG投資に熱心に取り組んでいるかというと、将来に向けた環境問題、社会問題への対応をしっかりしておかないと、保有資産の価値が保てないと考えているからです。その上で、「純収益の増加」や「利回り低減」に寄与するものとして、「建築資材の循環」、不動産を扱う立場の人間にとっての「健康快適性の向上」も重要な要素になっています。
CASBEE(建築環境総合性能評価システム)の一つに、「CASBEE-不動産」があります。CASBEEはもともと100程度の評価項目がありますが、CASBEE-不動産では、不動産の付加価値向上に関連する21項目まで絞り込みました。国際基準になりつつあるエネルギーや水、資源利用についてはもちろん、再生材利用も項目に含んでいます。
また、国土交通省は先ほど述べた健康快適性についても認証の検討を始めており、私が属しているスマートウェルネスオフィス研究委員会で「CASBEE-ウェルネスオフィス」を開発中です。健康・快適性に関わるリフレッシュや眺めの良さなどに、木材が果たす役割は重視されていくでしょう。
私の参画している国交省の委員会で、CASBEEなどの環境評価を受けているビル、約200棟をサンプルに調査・分析を行ったところ、CASBEEの1ランク向上は1カ月の平均賃料比で1.7%相当が上がる可能性があると分かりました。また、健康・快適性の評価でも、賃料へのプラスの影響が観察されました。ビルを借りる立場からも、オフィスでの過ごしやすさなどを価値として捉えているのかもしれません。
ビルだけでなく広域エリアでも、環境に配慮した不動産の価値は上がる傾向が見られます。私が所属する日本不動産鑑定士協会連合会で調査した宮崎県綾町がその一例です。照葉樹林の再生と並行して、自然生態系農業や産業観光を推進した結果、観光入り込み客数のほか農業産出額、商品販売額が増加しました。地価の下落率も、宮崎県の平均値と比べて小さくなっています。総合的な地域振興は、不動産に付加価値を生む可能性を秘めていると思われます。