100年、いや130年に1度の変革期を迎えたと言われる自動車業界。二酸化炭素(CO2)の削減にまい進してきたこれまでの流れに今、大きな変化が起きている。米国がパリ協定から離脱し、欧州も規制を緩めようとする動きがあるのだ。日本の自動車業界はこの動きをどう見るべきか。自動車を知り尽くす元トヨタ自動車の技術者で愛知工業大学工学部教授の藤村俊夫氏の見立てを聞いた。(近岡 裕=日経 xTECH)

「人為的な活動により、これまでに地球は約1℃温暖化したと推定される。このまま温暖化が続けば、2030~52年の間に1.5℃に達する可能性が高い」──。2018年10月、IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)がこうした異例の発表を行った*1。
2013年にIPCCは0.8℃温暖化したと発表していた。それが、わずか5年で0.2℃高まった可能性があるというのだ。しかも、このままのペースで温暖化が進めば、早ければ十数年で1.5℃まで上がる危険性があるという。さらに恐ろしいのは、そうした状態になって対策を始めても手遅れになることだ。そのときには、もはや人間の力で気候変動を抑制することは不可能になってしまう。
地球温暖化と二酸化炭素(CO2)の相関性に懐疑的な意見もある中で、IPCCは2007年に発表した第4次評価報告書において、CO2が地球温暖化に影響を与える「可能性が非常に高い(90%以上)」と指摘した。これが2014年の第5次評価報告書で「可能性が極めて高い(95%以上)」となり、CO2排出量の抜本的かつ持続的な削減が必要だと発表した。そして、IPCCの5次評価報告書を基に、2015年には第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21、パリ協定)が採択され、2016年に発効に至った。
パリ協定において、日本は2030年までにCO2を2013年比で26%(自動車は28%)減らすという中期目標を定めた。同様に米国は18~21%、欧州は24%の削減が目標だ。中国は、2030年までに2005年比でGDP(国内総生産)当たりのCO2を60~65%削減することを目標として定めた。日本は、2050年までにCO2を2013年比で80%削減するという長期目標も掲げている。各セクターはIPCCやそれを踏まえたパリ協定を順守し、CO2削減にこれまで以上に取り組まないと、大変なことになる。まさに待ったなしの状態にあることを認識する必要がある。
*1 IPCC Intergovernmental Panel on Climate Changeの略。1988 年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された。人為起源による気候変化や影響、適応、緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行っている。
トランプ政権はCO2削減規制に背を向けるが…
だが、ここにきて米国の不穏な動きが注目されている。2017年に米大統領のドナルド・トランプ氏は「地球温暖化はでっち上げだ」とツイッターで発言してパリ協定からの離脱を宣言。さらに同政権は米国カリフォルニア州のZEV(Zero Emission Vehicle;無公害車)規制の撤廃まで提案した。これで環境対応の次世代車の市場導入が少なくなり、温暖化対策に逆行するのではと危惧する声も出てきている。
実は、欧州でも2021年から2030年にかけてのCO2削減規制を緩めようとする動きが見られる。それには背景がある。欧州では、CO2排出量の規制が2015年の130g/kmから2021年には95g/kmまで厳しくなった。これは年率で5%の削減に相当する。
ところが、欧州の自動車メーカーにとって2021年の規制を乗り越えるのは大変だ*2。柱とするはずだったクリーンディーゼルエンジン車の構想が、2015年に発覚した独フォルクスワーゲン(Volkswagen)による排出ガス不正問題で頓挫。最近になって新たなクリーンディーゼルエンジン車を打ち出してはいるものの、これまでディーゼルエンジン車の人気が高かった欧州市場では逆風が吹いている。
不正発覚後、VWをはじめとするドイツの自動車メーカーは慌てて電気自動車(EV)構想を打ち出したが、本連載でも既に述べた通り、さまざまな課題のあるEVの販売台数が急速に伸びる確率は低い。48V電源部品を使った簡易ハイブリッドシステム(48Vマイルドハイブリッドシステム)車と、真にクリーンという触れ込みのディーゼルエンジン車の展開で何とか滑り込みを考えたのだろうが、いずれにせよ簡単ではない。こういう背景から自動車メーカーは欧州委員会と攻防を繰り返し、2021年以降の規制を現状の年率5%の削減から緩める方向に持っていこうとしているのである。
*2 ただし、これは技術がないのではなく、コストアップによる対応が難しいという意味。