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事故があって進歩がある

 事故はあってはならないが、未成熟な技術をより確実なものへと仕上げていく技術開発の現場ではどうしても事故は起きる。むしろ、様々な事故を経ない技術のほうが信用ができないといってもよい。東日本大震災で、我々は福島第一原子力発電所の事故という、これまで未経験の大規模な原子力関連事故に遭遇した。福島第一の原子炉は、米GE(ゼネラル・エレクトリック)社の技術で造られていた。

アトミックアクシデント ―放射能の発見から福島第一原発事故まで―

著:ジェームズ・マハフィー
訳:百島祐貴 / 監訳:林﨑規託
出版社:ボイジャー・プレス/医学教育出版社
ISBN:978-4-87163-475-5

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 では、その米国の原子力産業は、どのような事故を経て技術を成熟させてきたのか。米国における原子力技術開発の事故の歴史を一望できるのが「アトミックアクシデント―放射能の発見から福島第一原発事故まで―」(ジェームズ・マハフィー 著/百島祐貴 訳)である。

 この本は、原子力開発の歴史を扱った「アトミックアウェイクニング」、原子力技術開発過程で派生した様々なエキセントリックなトピックを集めた「アトミックアドベンチャー」とで3部作を構成するが、その中ではこの「アトミックアクシデント」が飛び抜けて面白い。

 あまり一般には知られてはいないが、1950年代から60年代にかけて、米国はかなり派手に原子力関連事故を次々に起こしていた。事故後の処理も雑ぱくなもので、基本的に放射性物質に汚染された設備や土壌を埋めておしまい。国土が広いし、機密管理もあって広く事故が報道されなかったので、それで済ませてしまっていたのである。しかし、事故を繰り返した結果、技術は進歩し、やがて海外に売ることが可能なレベルの原子力発電設備を製造するまでになる。

 ここに、技術開発と事故との難しい関係が見えてくる。事故は起こしてはならない。しかし、事故で技術開発をやめてしまえば進歩はない。どこまでの事故を許容できるかは、社会状況や、社会全体のコンセンサスも絡む難しい問題である。

 なお、本書は紙版の出版物がなく、前出のボイジャーと医学教育出版社の共同の電子書籍として、各種電子書店のみで販売されている。これから本書のような、電子版しかない本は増えていくことは間違いない。「本は紙でないと嫌だ」と言っていると、これまた良書を見逃す可能性が今後どんどん高くなっていくだろう。