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むしろ理工系的な経済書

 ここまで技術を中心に本を選んできたが、見えてくるのは技術がそれのみで存在するのではなく、社会との関わりの中にあるということだ。つまり技術を考えていくためには、社会全体を視野に含めねばならない。

21世紀の資本

著:トマ・ピケティ
訳:山形浩生, 守岡桜, 森本正史
出版社:みすず書房
ISBN:978-4622078760

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 そこで、近年ベストセラーとなったにもかかわらず。いまひとつその内容が理解されているとはいえない経済書を1冊紹介しよう。「21世紀の資本」(トマ・ピケティ 著/山形浩生、守岡桜、森本正史 訳/みすず書房)である。様々な解説書がどっと出版されたので、難解な本を思っている方がいるかもしれないが、本書は決して難しくない。むしろピケティの経済を分析する手法は理工的であり、技術者にはかえって理解しやすいとすら感じる。

 「21世紀の資本」でピケティが示すのは、「r>g」という簡単な不等式だ。rは資本の平均年間収益率。投資が収益を生む速度だ。そしてgは経済成長率である。つまり、本書は「資本主義社会においてカネがカネを生む利益は、労働の生む利益より大きい」とも主張している。ピケティはこのことを、18世紀以降の膨大な社会統計を駆使し、経験的事実として証明していく。分厚い本書は、そのほとんどが立証過程の記述に費やされている。

 「r>g」の意味は深刻である。「資本主義においては金持ちはカネを持つが故にどんどん富み、労働するしかない低所得層との格差がどんどん開いていく」のだ。資本主義社会は、放置すれば必然的に超格差社会に行き着くのである。

 超格差社会がどんなに恐ろしいものか、我々は様々な実例を通じて知っている。大多数の国民が貧困のため消費に参加できない結果、経済成長ができず、国力は低下する。貧困者の不満は社会不安を呼び寄せ、それを押さえ付けるために政府は抑圧的な政策を採り、ますます社会不安を増大させる。すると今度は少数の金持ちが海外へと逃避し始める。

 では、どうすれば超格差社会の到来を防止できるのか。ピケティは“カネがカネを生む”大本である、資本に課税する資本税しかないと主張する。税には社会を政府の望む方向に誘導する機能がある。その機能を駆使して超格差社会の到来を防ぐべきだというわけだ。

 ところで現在日本の政府は消費税を増税しようとしている。消費税は物品の購入に定率で課税する間接税で逆進性が強いといわれる。人間は生きるために衣食住をはじめとした最低限の消費を必要とする。つまり消費税からは逃げられない(税徴収の容易さは、徴税する側にとって大きな魅力である)。その状態で富裕層は、所有する資本的余裕を預金したり投資に振り向けたりできるが貧困層には不可能だからだ。

 日本は1970年代までは大変強力な累進性を持つ所得税を課していた。その税制下で日本は高度経済成長を達成した。対してその後の数十年は累進性を弱め、その逆進性の強い消費税の導入を進めてきた。

 ピケティが正しいならば、今、まさに日本は徴税側が楽できるが社会的には間違った税制のために、超格差社会へと行進していることになる。そして、経済を分析するピケティの手つきは理学的・工学的であり、文系学問にどうしてもつきまとう曖昧さは少ない。

 私は本書を読んで、早急に消費税は廃止しないと日本は危ないという結論にたどり着いた。皆さんはどう考えるか。必読の1冊である。

松浦晋也(まつうら・しんや)
ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト
松浦晋也(まつうら・しんや) 宇宙作家クラブ会員。1962年東京都出身。慶応義塾大学理工学部機械工学科卒、同大学院政策・メディア研究科修了。日経BP社記者として、1988年~92年に宇宙開発の取材に従事。その他メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などの取材経験を経た後、独立。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。近著は『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』(日経BP社)