東京・六本木の森美術館で2018年4月末から約5カ月間、開催された「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」は、約54万人を動員した。この成功の立役者が前田尚武氏だ。設計の道から美術館の世界に入り、運営や企画などのソフト面も熟知。その知識や経験を生かし、近年は館外にも活動領域を広げている。
「建築の日本展」の入場者数は当初予想の2倍だったそうですね。勝因はどこにあると見ていますか。
展覧会のつくり方だと思います。森美術館でこれ以前に開催した4回の建築展に私はすべて何らかの形で関わり、建築展のつくり方において自分なりの蓄積ができていました。それを今回の「建築の日本展」では生かすことができました。
例えば、2007年の「ル・コルビュジエ展」で原寸再現の展示をしたときは、模型会社や展示施工会社に制作を依頼しましたが、今回の「待庵(たいあん)」の原寸再現は、ものつくり大学(埼玉県)に制作を依頼。当館との共同研究という形でつくり方などを議論し、学生たちは実測図や文献をひも解き、和くぎの1本まで手づくりしました。
丹下健三邸の3分の1模型は、おだわら名工舎に制作を依頼しました。伝統工法に通じた職人の育成や技術の継承、歴史的建造物の維持保全・活用などを推進するNPO法人です。3分の1という大きさにもいろいろな理由があります。宮大工が普段使っている道具で、原寸と同じように仕口を刻むことができて、継ぎ手をつくれるのもその1つ。模型を通して丹下邸の学術的な解釈だけではなく、日本の伝統的な技術も見せることを意図しました。
「遺伝子」をキーワードとする建築展のアイデアは、2011年の「メタボリズムの未来都市展」のときから温めていたそうですね。会場構成は9つのテーマ別で、展示したプロジェクト数は全部で100。何を入れて、何を落とすかは相当な議論があったのですか。
テーマ展にすることは初めから考えていましたが、9つに分けたのは共同企画者の倉方俊輔さん(建築史家、大阪市立大学准教授)の思い切った判断からです。当館は大きい展示室が4つあるので、当初は4つくらいに分けるイメージでした。
展示プロジェクトの選定は図録の制作と並行して議論しました。図録では9つのテーマそれぞれに、若手研究者のエッセイを収録しています。展示プロジェクトがまだ固まらない初期に執筆を依頼し、原稿に出てくるプロジェクトを展示や資料選定に反映しました。
プロジェクトの選定では、現存していることを重視しました。展覧会場でその実物を見たい気持ちを刺激し、実際に見に行ってもらえば、知的好奇心を満たす経験となり、建築が記憶に残る。この方向性も、これまでの建築展での鑑賞者の反応を踏まえたものです。
会場では「家屋文鏡(かおくもんきょう)」や「家形埴輪(いえがたはにわ)」と「荘銀タクト鶴岡」(2017年、設計:SANAAほか)とが隣同士に並ぶなど、切り口が斬新でした。
比較展示は美術展では一般的な手法です。建築が教養として専門外の人にも広く根付くためには、美術展のような趣向も必要だと思ったんです。美術館の展覧会は“イベント”と思われているところがあるので、そこを上手に利用して、一般の人にも建築の扉を大きく開いたつもりです。