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 米Sony Interactive Entertainment(SIE、ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の「PlayStation 5(PS5)」や米Microsoft(マイクロソフト)の「Xbox Series X」など、11月に発売予定の新型家庭用ゲーム機に話題が集まっています。そんな家庭用ゲーム機の市場を創ったのは約40年前の1983年に登場した任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」です。ファミコンはどのように開発されたのか。専門誌『日経エレクトロニクス』が1994年1月31日号~1995年9月11日号に掲載した連載記事を基に、ファミコンの開発プロジェクトの舞台裏を、日経クロステック編集部のバーチャル記者「黒須もあ」が動画で紹介します。(日経クロステック編集部)

今回は現在の家庭用ゲーム市場を創った任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」の開発の舞台裏を動画で解説します
今回は現在の家庭用ゲーム市場を創った任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」の開発の舞台裏を動画で解説します
(出所:日経クロステック)
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 こんにちは、日経クロステック記者の黒須もあです。今回は製品開発プロジェクトを振り返る新企画「プロジェクト・クロス」をお送りします。取り上げるのは今の家庭用ゲーム機の隆盛の祖と言える任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」の開発ストーリー。ファミコンの発売は1983年。直前には「アタリショック」と呼ばれる家庭用ゲーム市場の大クラッシュが起きて、市場が冷え込んでいました。そんなタイミングでなぜ任天堂は家庭用ゲーム機を開発しようと考えたのでしょう。その舞台裏を動画で解説していきます!

任天堂はファミコン以前に2種類の家庭用ゲーム機を発売していました
任天堂はファミコン以前に2種類の家庭用ゲーム機を発売していました
(出所:日経クロステック)
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 任天堂はファミコンを世に送り出す前に2種類の家庭用ゲーム機を発売しています。1つは1977年から1979年にかけて発売した専用LSI搭載型ゲーム機「カラーテレビゲーム」、もう1つは1980年に登場した携帯型ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」です。この2種の製品を手がけた経験がファミコンを生む原動力になりました。

のちにファミコンの開発責任者となる上村雅之が率いる開発第二部は業務用ゲーム機を手掛けていました
のちにファミコンの開発責任者となる上村雅之が率いる開発第二部は業務用ゲーム機を手掛けていました
(出所:日経クロステック)
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 1980年代に携帯型ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」がヒットする中、のちにファミコンの開発責任者となる上村雅之(敬称略)が率いる開発第二部は、業務用ゲーム機の開発をしていました。当時、上村たちが熱心に取り組んでいたのは、ライバルのナムコが「ギャラクシアン」で導入した「スプライト」と呼ばれる表示方式でした。

苦労を重ねて開発した業務用ゲーム機が大失敗

任天堂の看板キャラクター「マリオ」が初めて登場したが「ドンキーコング」
任天堂の看板キャラクター「マリオ」が初めて登場したが「ドンキーコング」
(出所:日経クロステック)
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 上村たちは苦労を重ねてようやく完成したスプライト表示回路を組み込んだ業務用ゲーム機「レーダースコープ」を発売します。ところがレーダースコープはまったく売れず在庫の山。上村と残ったメンバーは、善後策としてレーダースコープの基板を改造して新しい業務用ゲーム機に仕立て直します。社内公募を経て作られたゲームこそが「ドンキーコング」。任天堂の看板キャラクター「マリオ」が初めて登場したゲームでした。