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名付け親は上村の奥さん、カラーリングは社長の意向

 ガメコム(GAMECOM)という開発コード名で呼ばれたゲーム機に、ファミリーコンピュータという名が付けられたのはこの頃です。名付け親は上村の奥さんでした。1983年4月ごろ、上村は家庭でガメコムの話題を出したときに奥さんが「ホーム・コンピュータでもパーソナル・コンピュータでもない家庭用コンピュータなら、ファミリーコンピュータかもしれない。しかも、パーソナル・コンピュータを略してパソコンというのだからファミコンという愛称がいい」と言ったのです。これが上村の心に残り、最終的に「ファミリーコンピュータ」が商品名として採用されたのです。

ファミコンの名付け親は、なんと上村の奥さんだったのです!
ファミコンの名付け親は、なんと上村の奥さんだったのです!
(出所:日経クロステック)
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 ファミコンの本体が「赤と白」なのは当時の社長である山内溥の意向でした。開発スタッフは白と黒の組み合わせ、黒一色、青などを検討していましたが、ある日、上村の席まで山内社長が自分の赤いマフラーを手にやってきて「本体の色はこの色がいい」と持ち掛けたのです。山内の意向を受けて、本体は赤を基調とすることに決まります。

赤と白のファミコンカラーは、当時の社長である山内溥の意向でした!
赤と白のファミコンカラーは、当時の社長である山内溥の意向でした!
(出所:日経クロステック)
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 1983年6月には、問屋向け説明会が聞かれ、1万4800円という低価格などもあり反応も上々でした。こうして1983年7月21日の発売日を迎えたのです。実は、予想に反してファミコンは発売当初、あまり売れませんでした。しかし徐々に人気が高まり、1年間で300万台以上を販売するまでとなりました。人気を決定づけたのは1985年の「スーパーマリオブラザーズ」の発売です。この作品の大ヒットは本体の販売にも大きく貢献し、家庭用ゲーム機の市場を大幅に拡大させていったのです!

こうして1983年7月21日、ついにファミコンが発売されました!
こうして1983年7月21日、ついにファミコンが発売されました!
(出所:日経クロステック)
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それでは最後に…

 最後の締めに、いつものあれ、お願いします。クロステーック!!!

いつものあれ、いっしょにお願いします。「クロステーック!!!」
いつものあれ、いっしょにお願いします。「クロステーック!!!」
(出所:日経クロステック)
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【解説動画】ファミコン開発の舞台裏!完結編!【黒須もあ】

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