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スタートアップ転職のハードルは下がりつつある

 とはいえ、「やりたい仕事ができても、スタートアップへの転職はハードルが高いのでは?」と感じる読者も多いでしょう。実際、かつてのスタートアップ転職にはいくつか課題がありましたが、近年では状況が変わりつつあります。

 従来のスタートアップ転職の1つ目の課題は「年収が下がる」点でした。特に30代後半~40代は、家庭を持つ人が多い年代です。子どもの養育費や住宅ローンがかさむため年収を下げられない人が多く、スタートアップ転職は避けられる傾向にありました。

 しかし最近、特に2021年半ば以降はベンチャーキャピタルなどによるスタートアップへの投資が活発になっています。これを追い風に潤沢な資金を備え、人材投資にも意欲的なスタートアップが増えているのです。例えば先ほどのAさんは、業界でも著名な大手企業からスタートアップへの転職にもかかわらず「年収250万円アップ」にストックオプションが付くという好条件で迎えられました。

 スタートアップ転職のもう1つの課題は「労働環境の過酷さ」です。特に大手企業勤務で転職を検討中の人が、こうした懸念を抱きがちに見えます。「経営陣も社員も若く、残業も休日出勤もいとわずガンガン働くのではないか」「大手企業の労働環境とはギャップがありすぎて、ついていけないのでは」といったイメージがあるのです。特に30代後半から40代は家庭を持ち、小さい子どもがいる人も多い年代。ワークライフバランスの観点から、スタートアップの多忙さに不安を抱くことが多いのでしょう。

 ところが最近は、大手企業とベンチャー両方の経験を持った経営者が起業した、いわば「大人なスタートアップ」が増えています。このタイプの経営者は過去の経験から「働きやすい環境を整えなければいい人材は集まらないし、定着もしない」と考えています。採用力と組織力を強化するには、従業員のワークライフバランスへの配慮が必要だと理解しているのです。こうしたスタートアップでは生産性の高さを重視した仕組み・制度を整備しており、必ずしも労働環境が過酷とは限りません。Web系やSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)系のスタートアップに比べ、特にハードテック系のスタートアップでは働きやすさを重視する傾向が強まっています。

 筆者が採用コンサルタントとして関わっているB社も、上記のようなタイプのハードテック系スタートアップです。社員数は創業時の2人から、10人規模へ拡大したところです。最近入社したメンバーの多くは、大手企業から転職してきています。経営者にも「大手企業出身」というバックグラウンドがあるため、安心感を抱く転職者が多いようです。

 同様の「大人なスタートアップ」に、子どもが生まれたばかりの40歳のエンジニアが大手企業を辞めて転職した例もあります。従来よりもスタートアップ転職のリスクが低くなっていると考える人が増えているのでしょう。

転職の主導権は企業から個人へ

 筆者は長く転職市場を見てきましたが、近年は転職の主導権が企業ではなく個人に移りつつあると感じています。仕事内容や働き方に対する個人の価値観が多様化する中で、企業側が個人側のニーズに合わせて変化しようとしているのです。この点では、大手企業よりもスタートアップのほうが柔軟かつ素早い変化を遂げています。

 「スタートアップに転職する」と言うと、以前は周囲から「大丈夫なのか」と心配されることが珍しくありませんでした。しかし、ここまで紹介してきたようにスタートアップ転職の間口が広がってイメージも変化したため、最近は当たり前の選択肢として応援してもらえるようになっています。

新堂 尊康
リクルート Division統括本部 HR本部 HRエージェントDivision ハイキャリア・グローバルコンサルティング コンサルタント
新堂 尊康 大手電子部品メーカーに技術営業として勤務後、2008年リクルートエージェント(現リクルート)入社。東海3県における製造業専任としてコンサルティングに従事し、大手企業から中小企業まで幅広く担当。現場の技術者や経営者との接点を重視し、事業成長の核となりうる人材の提案にまい進。その後、マネジャー職を経てニュービジネス領域専任のコンサルタントへ。主に、新規事業立ち上げ部署の採用を担当。特に「宇宙・ロボティクス領域」を専門としており、大手企業の新規事業立ち上げや、スタートアップベンチャー企業の事業拡大を支援。