全2820文字

 実際、製薬業界は膨大なデータを蓄積しているものの、まだまだ活用できていません。データを適切に活用することは、企業競争力を高めるだけでなく、人々の健康や命を守ることに大きく貢献できる可能性を秘めています。

 中でも期待されるのが、創薬でのデータ活用です。これまで、新しい医薬品を1つ開発するには約20年の歳月と平均600億円のコストを要していました。しかし、「創薬シーズ探索」――つまり薬の候補となる物質や、それらの効果的な組み合わせなどを探るにあたってディープラーニングなどの技術を活用すれば、大幅な効率化が期待できます。

 例えば24時間365日コンピューターを動かして大量の論文を学習させることで、新規化合物の自動設計が可能になります。従来とは桁違いの化合物が合成できるようになり、新薬開発の時間やコストが削減されて、より多くの命を救える可能性が高まります。このほかにも、「臨床開発における個人情報管理」「MR(医薬情報担当者)による医師への情報提供活動」「コールセンターへの問い合わせ対応」など、さまざまな分野でAIの実用化が進められています。

自動車業界からもオファー、しかし製薬を第1志望に

 とはいえ、今やAI活用は製薬業界のみならず、あらゆる業種で盛んに取り組まれています。データサイエンティストであるYさんのような人材には、オファーが殺到します。実際にこのとき、Yさんには自動車業界からも入社要請が寄せられていました。

 それでも、Yさんが第1志望に据えたのは製薬業界でした。データ活用で人の命を救えることに大きな意義を感じたからでした。X社側もYさんを高く評価し、トントン拍子に選考が進みました。

 もちろんそれは喜ばしいことですが、私は不安も覚えました。Yさんにとって、製薬は未知の業界。1社を見ただけでは、業界への理解が不十分なまま転職を決めることになってしまうのではないかと感じたのです。

 そこでX社の選考を待つ間、私はYさんにこう提案しました。「初めての業界に飛び込むのですから、X社しか見ずに決めてしまうのはもったいない。この機会に他の製薬会社も受けてみて、比較検討してはいかがでしょうか。その方が、納得感を持って転職できると思うんです」

 このとき私の頭にあったのは、準大手のZ社でした。Z社からデータサイエンティストの求人は出ていなかったのですが、以前に同社を訪問した際、人事の責任者が「今後、AIやビッグデータの活用が重要になる」と話していたのが記憶に残っていました。そこでZ社にYさんを紹介したところ、「まさにこれから必要な人材」と、Yさんのために新たなポジションが設けられました。こうしてYさんは、2社から内定を獲得しました。