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 カーボンニュートラル、グリーン成長など企業が環境問題に取り組む必要性が高まる昨今、新しいタイプの研究開発職としてGX(グリーントランスフォーメーション)人材のニーズが高まっている。背景と求められる人材像について、リクルートで環境・エネルギー・ESG・SDGs関連の転職コンサルティングを数多く手掛ける羽田野直美氏が解説する。

 企業などの研究開発職の採用において、新しい価値観が台頭しています。従来の研究開発職の求人では、主に「性能アップ」「高品質・低価格実現のためのプロセス開発」「コスト削減効果を生む生産技術」などが目的でした。ところがこの連載の以前の回でも取り上げたように、近年はサステナビリティ(持続可能性)やESG(環境・社会・企業統治)を重視する動きが出てきています。

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 特に注目されているのが、カーボンニュートラル、グリーン成長などESGの「E(環境)」を取り巻く社会課題です。カーボンニュートラルは「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」ための取り組み。グリーン成長戦略とは、環境保護を実現しつつ経済成長を目指すことを指します。最近では技術革新を通じてカーボンニュートラルを実現しつつ、環境保護と産業的な競争力向上の両立を志す「GX(グリーントランスフォーメーション)」という言葉も登場しています。

 企業がGXを進める際は、短期的な利益のみにとらわれずに長期的な視点で社会や環境に与える影響を考慮し、持続可能な形で成長を目指す必要があります。これを受けて研究開発職にも高品質や低コストだけを追及するのではなく、世の中に存在する課題を分析し、いかに対応すべきかを検討する役割が求められているのです。今回は、GXを進める人材に対するニーズの高まりやその背景、求められるスキルを紹介します。

政府・官公庁のアナウンスから注目集まる

 国内でカーボンニュートラルに注目が集まったきっかけの1つは2020年10月、菅義偉首相(当時)が所信表明演説の中で「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする」と目標を掲げたことです。さらに2022年には経済産業省が「GXリーグ基本構想」を策定しました。GXを進めるには、さまざまなステークホルダー間での相互理解や調整が欠かせません。そのため官公庁、民間企業、学術機関などを交えた議論の場として「GXリーグ」が企画されたのです。

 以上のような政府・官公庁の動きを背景に、ここ数年は「グリーン推進部」「カーボンニュートラル推進室」などの組織を設け、人材を募集する企業が増えています。特に採用に意欲的なのは、エネルギー、化学、電機、ITなどの業界です。専門の新部署をつくるのではなく、既存のコーポレート部門や事業部門に担当者を置くケースも増えています。

技術力だけでなく対人能力も必要に

 転職市場において、GXを手掛ける新しいタイプの研究開発職には以下の3つの力が求められます。

●ルール策定力
 GXを進める際は、新しい社会課題に対する方針そのものを検討する必要があります。まだ法律の整備、規制や標準化などが十分になされていない領域も多いため、さまざまなステークホルダーと交渉しつつ、新たにルールを策定・提案する力が必要です。

 例えばカーボンニュートラルを実現する手法の1つに、カーボンプライシング(炭素に価格を付け、排出者の行動を変容させる政策手法)があります。標準化への取り組みで先行するのはEU(欧州連合)ですが、EUの方針に従うだけでなく日本から世界へルールを提案できるような人材が求められています。「ルール順守」ではなく「ルールメーク」の力が必要なのです。

 先ほど挙げた経済産業省の「GXリーグ」も、「市場ルール形成の場」を設けることが立ち上げの目的の1つです。官民で連携して日本のルール策定能力を高め、国際社会と肩を並べようとしています。新しい領域の国際的な標準化において、先行してルールメークを進めた国や企業は、先行者利益を得らえる可能性があるためです。

 このようにGXの分野ではルールメーク、言い換えると政策渉外の力を持つ人材が求められています。しかしGXも政策渉外も、そもそも経験のある人材が非常に少ない状況です。つまり、今の時期ならGX関連の技術的知見と問題意識を持ち、ルールメークの手法について積極的に学ぼうとする人に転職のチャンスがあると言えます。