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理系の専門知識を商社で生かす道も

 Bさん(40代)は化学メーカーの品質管理部門で化学物質管理を担当してきました。その経験が買われ、工業製品を扱う商社に転職しました。

 SXを推進する企業では、化学物質管理ができる人材のニーズが高まっています。近年はサステナビリティの観点から国際的に化学物質に対する法規制が厳しくなっており、企業にはサプライチェーン全体を通じて、原材料や部品に使う化学物質の情報管理が求められるためです。

 規制は国ごとに異なり、複雑さを増しています。そのため化学・素材メーカー以外でも、国際的な取引のある企業では化学物質の専門知識を持つ人材が必要になっています。Bさんが転職した商社も、自社で製造していない製品のチェックを強化するために化学物質管理の経験者を求めていました。Bさんは現在、その商社で「化学物質の知識を持つ唯一の人材」として活躍しています。

 商社によっては、SXを推進する戦略子会社を設けているケースもあります。自動車関連メーカーの研究職だったCさん(40代)の転職先がその一例です。その商社では短期的な利益にとらわれず、中長期的な視点でSXに取り組むためにあえて戦略子会社を設立し、高度理系人材の採用に乗り出していました。

 これまで自動車関連の基礎研究を中心に手掛けてきたCさんは、自身の専門分野だけでなく、ビジネスにも興味を持っていました。しかし、基礎研究が現実のビジネスに結びつくにはどうしても時間がかかり、中にはビジネス化しないケースもあります。そのため、「将来のビジネスにつながるテーマに取り組みたい」と考えたCさんは転職活動を始め、先述の商社に先端技術の調査・研究部門長として転職しました。

政府系機関から民間への転職も活発に

 サステナビリティ関連の求人・転職の広がりは、民間企業の間にとどまらなくなってきました。アカデミア(大学などの学術研究機関)、独立行政法人、NPO(非営利組織)法人などの異なるセクターから、民間企業に迎えられる人も増えています。

 例えば政府系機関のスタッフとして海外で環境保全活動に取り組んだ経験を持つDさん(30代)は帰国後、大手食品メーカーに転職しました。

 この食品メーカーはもともと環境保全活動に力を入れていましたが、グローバル展開を強化するにあたり、広く海外の動向に詳しく、かつ環境関連の経験を持つ人材を求めていました。

 転職エージェントと面談してはいたものの、当初のDさんの転職意欲はそれほど高くはありませんでした。ところがこの食品メーカーの求人を見て、「自分の経験を生かせる、こんな魅力的な案件にはめったに出合えない」と考え、転職を決断したのです。

 筆者は17年間にわたって機械・電機・化学領域での転職を中心に支援してきましたが、従来は非民間セクターから志も能力も高い人材が転職を試みても「民間企業の経験がない」という理由で不採用になるケースが珍しくありませんでした。こうした状況を長年もどかしく思ってきましたが、最近はこうした「セクター間の壁」が融解しつつあり、自らもこの動きを支援できていることをうれしく感じます。

 このように研究開発や技術職のキャリアを持ちつつビジネスにも携わりたい人にとって、SXを進める企業の増加は転職時の選択肢を広げているといえます。

 一昔前、理系の研究職の求人では「この専門分野にぴったり合致する経験がなければダメ」と、きっちり要件が固められたケースが多数を占めていました。要件を全て満たさなければ、優秀でもなかなか採用されなかったのです。しかし、サステナビリティ推進担当などSX周りのポジションは、今までになかった職種です。企業側でも明確な要件定義が難しいため、やや曖昧さを残した求人を掲げつつ、ニーズに合った人を粘り強く探そうとするケースが多く見受けられます。だからこそ、従来にない新しいタイプのマッチング提案にも耳を傾けてくれるのです。こうした傾向はSXに興味のある人にとって、希望に沿った職に就くチャンスといえるでしょう。

 「自身の専門分野に加えてビジネスに興味を持ち、経営的な視点を身につけることでキャリアの可能性はさらに広がる」、筆者はそう考えています。「何か新しいことにチャレンジしたい」と考えるエンジニアや研究職の皆さんは今後のキャリアを検討する際、ぜひ専門性とビジネスの「掛け算」を意識してみてください。機会は少しずつ広がっています。自分自身の経験やスキルがこれまで以上に生かせる、思いもよらないキャリアが開けるかもしれません。

羽田野 直美
リクルート Division統括本部 HR本部 HRエージェントDivision ハイキャリア・グローバルコンサルティング コンサルタント
羽田野 直美 工学部応用化学科を修了後、電池メーカーにて研究開発に従事。2004年にリクルートエイブリック(現リクルート)に入社。製造業を中心としたキャリアアドバイザーを経験。2010年からはハイキャリア部門のコンサルタントとして、ディレクタークラス、高度専門職などのキャリアコンサルティングに従事。得意分野は、環境・エネルギー・プラント・ESG・SDGs。米国CCE,Inc.認定GCDF-Japanキャリアカウンセラー。国家資格キャリアコンサルタント。