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 2022年上半期におけるIT分野の転職動向を振り返ると、人材ニーズの高まりを受けて採用に苦心する企業が増えているという。スムーズな人材確保には今後どんな工夫が必要になるのか、ITエンジニアの転職事情に詳しいリクルートの丹野俊彦氏が背景を解説する。

 リクルートでは半年ごとに転職市場の動向をまとめています。今年の上半期の動向を見ると、ITエンジニアの転職市場は人材需要の高まりに供給が追い付かない状況が続いています。ニーズの高騰は、転職時の給与にも現れています。リクルートが2022年8月3日に発表した「2022年4-6月期 転職時の賃金変動状況」では、転職支援サービス「リクルートエージェント」を利用した「IT系エンジニア」職において「前職と比べ賃金が1割以上増加した転職決定者の割合」が37.2%と過去最高を更新しました。

ITエンジニア職における「2022年4-6月期 転職時の賃金変動状況」
ITエンジニア職における「2022年4-6月期 転職時の賃金変動状況」
(出所:リクルート)
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 その結果、採用に力を入れても思うような充足がかなわない企業が増えています。今回はこうした2022年上半期の傾向を踏まえ、企業が採用力を高めるためにどんな取り組みが必要かを見ていきましょう。企業側の傾向をチェックすることは、応募側の個人にも参考になるはずです。

経験、年齢など採用基準の緩和と育成強化の傾向が明らかに

 最近の求人に顕著に見られるのは、希少なIT人材を逃さないために採用基準を緩和する傾向です。以前より少ない経験年数でも応募可能にする、あるいは実務経験は問わないといった募集が増えています。

 例えば「IT部門での実務経験はないが、自分でエンジニアリングの勉強をしている」人なら、書類選考で落とすことなく「一度会ってみよう」と面接する企業が出てきているのです。また、学生時代にコンピューターサイエンスを学んでいた人や、プログラミングなど何らかのIT経験がある人にもチャンスが広がりつつあります。

 企業は少しでも素養のある人材を採用し、新卒向けの研修を新卒者と一緒に受けてもらうことで効率的な育成を目指しているのです。

 採用時の年齢についても変化の兆しがあります。ここ数年で40代の採用が活発になっていましたが、50代の採用事例も増えてきました。これまで50代でのITエンジニア転職事例は、セキュリティーなど高度な専門スキルを持った人材が中心でした。ところが最近は、特定の希少スキル所有者だけでなく、ITエンジニア全体で50代の採用が伸びています。

 一部の企業では50代以上のシニアの採用から活躍までを人事がうまくコーディネートできたことにより、人材確保が進んで人手不足が改善するという好事例もありました。今後は、いかに多様な人材が活躍できる組織・風土を整えられるかがますます重要になっていくでしょう。

新規採用だけではダメ、「今いる社員」が働きやすい環境作りも重要

 IT人材については、各社で獲得競争が起きている状況です。つまり、「あの上司の下で仕事をしたくない」など職場に不満を感じたエンジニアは、簡単に他社に転職できてしまいます。

 そのため「どう人材を採用するか」だけでなく、「いかに今いる従業員を大切にし、長く働き続けてもらうか」のリテンション施策が肝心です。従業員が何を求めているのか、しっかりと向き合っている企業とそうでない企業では、人材採用の実績にどんどん差がついていくでしょう。

 例えばIT業界でも次第に働き方改革が進み、以前に比べ「とにかく長時間労働がつらいので転職したい」といった事例は減っているように筆者は感じています。最近ではこれに加えてリスキリングなどの教育機会や、リモートワーク、コアタイムのないフルフレックス制度といった働く環境の整備が重要です。

 働き方については社内ルールを作るだけでなく、その制度を現実の職場で使える体制を整える必要があります。「全社ルールとしては残業時間削減が進んでいるが、自分の所属部署には適用されていない」といった状況では、せっかく採用したIT人材が短期間で辞めてしまいかねません。

 今はSNSでのつながりや転職情報サイトの口コミにより、組織の内情は調べようと思えばある程度分かる時代です。そのため将来的に良い人材を採用するには、現職の従業員が生き生き働ける環境をつくることも重要なのです。「いつ採用した誰にとっても働きやすく満足度の高い職場」の実現こそが、結局は採用力の強化につながると筆者は考えています。