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ベンチャー企業のエンジニアから、大手運輸会社のDX推進担当へ

 Aさん(30代後半)は、ベンチャー企業でスマートフォンアプリケーションの開発を手がけていたエンジニア。転職活動の結果、DX推進に注力する大手運輸会社に採用されました。

 以前なら、大手企業は大手企業出身者を求める傾向が強かったのですが、最近はベンチャー企業出身者、あるいはフリーランスでプロダクトを開発しているような人材が注目されています。

 大手企業出身者の場合、細分化された組織の中で一部の業務のみを担ってきたケースが少なくありません。それよりもベンチャーやフリーランスの立場でプロダクトの企画・開発の全体像を俯瞰(ふかん)し、一気通貫でスピーディーにプロジェクトを回してきた人材が求められているのです。

ITコンサルタントから、金融機関の新規事業担当へ

 コンサルティングファームでITコンサルタントとして経験を積んだBさん(20代後半)は、「新規事業に携わりたい」と考え転職活動を始めました。その結果、金融機関のDX推進部門に新規事業におけるアライアンス担当として採用されました。

 コンサルタント時代、主に製造業を担当していたBさんは、金融業界はまったくの未経験。それでも採用に至ったのは、「ITの知見」「ITリテラシーが低い人に対しても、専門用語を使わずに分かりやすく説明するスキル」「課題を見抜く力」が評価されたからです。

 転職エージェントからこの求人を紹介された当初、Bさんは「金融業界の経験がまったくないのに大丈夫なのか」と不安に思ったといいます。しかし、企業側からのリクエストは「うちの会社にいない人材を連れてきてほしい」でした。業界未経験だからこその視点に期待を寄せたのです。

ITコンサルタントから、金融機関の営業企画へ

 ITコンサルタントとしてデータの分析・活用を手がけていたCさん(30代前半)は転職活動の結果、金融機関の営業企画部門で採用されました。

 この金融機関の採用目的は、営業体制の刷新だったといいます。そのために、あちらこちらに散らばっている様々なデータを統合する必要がありました。各部署のデータを整理し、どのように活用するかを考え、営業活動の精度向上につなげるのがCさんに期待された役割でした。

 その金融機関ではすでにデータサイエンティストが稼働していましたが、「データのスペシャリスト」と「現場」の橋渡しができる人材が求められていました。そこで、コンサルタントとして課題分析力や調整力を磨いたCさんが迎えられたのです。

 以上のような越境の転職事例は、幅広い業界で生まれています。今は産業構造が大きく変わりつつある時代です。象徴的な例を挙げるなら、自動車業界は「MaaS (モビリティー・アズ・ア・サービス)」を掲げ、「製造業」から「サービス業」へ変革を遂げようとしています。一方、自動運転車の開発により「自動車保険」の市場縮小を予測している損保業界では、ヘルスケア領域などを開拓しています。

 エネルギー業界では自由化が進み、顧客獲得競争が激化しつつあります。そのため、顧客の情報管理や顧客サービスの向上を図っています。このように事業の変革に伴い、ITを活用できる企画人材のニーズが高まり、多くの越境転職が実現しているというわけです。

IT人材のキャリアパスが多様化している

 一方でIT人材側にも、キャリアに対する意識の変化が見られます。従来のような、ヒエラルキー型組織の中でエンジニアからプロジェクトマネジャーへステップアップしていく、あるいはITコンサルタントや事業会社のIT部門に転身する、といったキャリアパスに当てはまらないケースも増えてきました。

 その背景に「スマートフォン」の普及と「ローコード開発」の登場があります。今ではスマートフォンという小型コンピューターがなくてはならない存在となり、また高度な技術知識がなくても最小限のコーディングでできる「ローコード開発」も登場しました。これにより、誰もがスマートフォンアプリケーションを開発し、一般ユーザー向けビジネスを展開できるようになりつつあります。

 そうなれば、「企業に属している必要はない」「少人数の仲間だけで自由にビジネスができる」という発想に至る人も増えるでしょう。副業やフリーランスで活動したり、スタートアップを立ち上げたりする動きが活発化しています。

 こうした人材に大手企業も注目しています。フリーランスエンジニアに入社をオファーする、スタートアップ企業にアライアンスやM&Aを持ちかける……といったアプローチをしているのです。そして「大手企業の資本力を生かせば、自分が作りたいものを実現できる。スケールできる」と考えた人が、そのオファーに応えています。

 このように、業種・職種・企業規模の枠を越える「越境採用」「越境転職」は、今後も増えていくでしょう。さらにローコード、ノーコード開発が進むことによって、IT人材がビジネス企画へ、逆にビジネス系人材がITポジションに転職するなど、さらに越境が加速していくかもしれません。

丹野 俊彦
リクルート エージェント事業本部 ハイキャリア・グローバルコンサルティング コンサルタント
丹野 俊彦 新卒で国内証券会社に入社。営業と人事採用担当を経験後、2007年にリクルートエージェント(現リクルート)に入社。ITを中心に、金融、建設など幅広い業界の企業の採用支援および個人の転職支援を担当。面接力向上セミナー講師などを経て、現在は事業会社のIT、DX領域の採用支援および、ITエンジニア、ITコンサルタントのキャリア支援に従事。