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IT業界出身者がなじめる環境作りに配慮

 自動車メーカーは「安全」「安心」を追求する業界なため、変化の激しいIT業界に比べて慎重に物事を進める傾向があります。そのため、自動車メーカーがIT業界からの人材採用に乗り出し始めた頃は、採用側、応募側ともに「転職後、風土になじめるのか」という不安がありました。

 しかし、近年は多くの自動車メーカーがITエンジニアの意向をくんだ体制・環境作りを進めています。既に社内にIT人材が増えていることもあり、ITエンジニアが働きやすい職場環境が整備されつつあるといえるでしょう。

 先ほど紹介したAさんも、「部門のメンバーの半数以上がIT業界からの中途入社なので、予想よりスムーズに転職後の環境になじめた」といいます。もちろん企業や部門ごとに環境に差はありますが、次第に自動車メーカー組織内の多様化も進んでいるようです。

 なお自動車業界において、ITエンジニアへのニーズはまだまだ満たされていない状況です。自動車は3万点もの部品から構成される複雑な製品です。そこにIT技術をどう生かすのか、転職後のイメージが持てずに二の足を踏むITエンジニアも少なくないのでしょう。

 自動車メーカーや部品サプライヤーもこの点を理解しており、イメージ動画を作成したり技術を公開したりと、「業界を知ってもらう」努力を続けています。今後、ITとの融合イメージがより具体化していけば、転職時の選択肢として自動車業界を検討するITエンジニアも増えていくと期待されます。

サステナビリティ担当として企画職に就くエンジニアも

 自動車業界の採用には、もう1つ新たな潮流が見られます。MaaSと並ぶ自動車業界のキーワードが「CASE」です。CASEはConnected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared&Services(シェアリングとサービス)、Electric(電動化)の略で、最近では特に「E」への注目が高まっています。

 背景にあるのは、「持続可能な開発目標」(SDGs)への世界的な関心の高まりです。SDGsが目標とする気候変動対策の一環として、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる「カーボンニュートラル」の実現を掲げる企業が増えています。2020年10月には、菅義偉首相(当時)が所信表明演説の中で「2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする。脱炭素社会の実現を目指す」と宣言しました。

 こうした動きを受けて電気自動車(EV)の開発が国際的に加速し、電池材料や材料プロセス開発に関わるエンジニアのニーズが高まっています。

 とはいえEVの開発・普及だけが、カーボンニュートラルの実現につながるわけではありません。製造工程における二酸化炭素(CO2)排出量の削減なども重要課題です。例えば、塗装や鋳造に伴って排出されるCO2の削減、再生エネルギーを活用した省エネプラントの開発、バイオ技術の活用などが挙げられます。こうした課題に取り組む化学系エンジニア、プラントエンジニアなどを求める企業も増えているのです。

 例えば建設エンジニアリング会社でCO2分離技術や環境プラント建設を手掛けていたCさん(30代)は、「新しい事業の提案や企画に携わりたい」と転職活動を開始しました。現在、複数の自動車メーカーで選考が進んでいる最中です。Cさんが検討中のポジションは「環境技術に関わる技術戦略」で、まさに今後カーボンニュートラルなどを推進する職種に当たります。

 Cさんの例のように「経営企画」「事業戦略」「技術戦略」などのポジションでITエンジニアの採用を検討するのも、自動車業界における最近の傾向です。本連載の以前の記事で「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」に取り組む金融機関が、エネルギー業界の技術者を企画職に採用した例を紹介しました。

 この例のように、持続可能性(サステナビリティ)を重視する企業でニーズが高いのは「テクノロジー」と「ビジネス」、両方に知識と関心を持つ理系の人材です。自動車業界にも同様の傾向が出てきているため、ITをはじめさまざまなエンジニア人材を企画職で採用するケースが増えていると予測されます。サステナブルな社会を目指すに当たり、自動車業界の影響は大きいでしょう。今後もITを含め、幅広い領域のエンジニアが自動車業界で活躍していくと考えられます。

戸田 洋子
リクルート HRエージェントDivisionハイキャリア・グローバルコンサルティング コンサルタント
戸田 洋子 新卒で自動車メーカーの人事を経験。その後、リクルートキャリア(現リクルート)に入社し、マーケティング・経営企画、製造業の技術領域のキャリアアドバイザーを経て、現在は自動車業界を中心とした技術専門領域のコンサルティングに従事。