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崩壊の経緯

 長い歴史を誇る中堅企業の工場がある。これをU工場と呼ぼう。U工場は丁寧な仕事ぶりと安定した品質、納期順守によって顧客から高い評価を受けていた。手掛けるのは機械加工と組み立て業務で、顧客からの細かな仕様変更などもいとわず、臨機応変な対応が持ち味だった。そのため、多くの大手企業から継続的な受注を得ていた。

 しかし、ある時期を境に、この風土が大きく変わってしまった。それは業績改善を狙って、新たな工場長が就任したときのことだ。昔ながらの職人気質の丁寧な作業は、ともすれば過剰品質になってしまうことがある。これでは厳しいコスト競争の中で不利になり得る。臨機応変な対応も、コストや納期を最適化した状態から外れることになりかねない。新任の工場長はこうした状態を良しとせず、徹底した業務の標準化と効率化を推進すると宣言したのだ。

(作成:日経 xTECH)
(作成:日経 xTECH)
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 ところが、この宣言は裏目に出た。例えば、「新しい材料で加工してくれないか」という顧客からの依頼に対し、工場長は「実績がないので作業工程が乱れる恐れがある」「追加の評価費用は回収できるのか」などといったネガティブな意見を出すようになった。その結果、「できる」か「できない」かの即答を求める顧客はしびれを切らしてしまい、「それなら別の企業に頼みます」と、せっかくの新たな受注を逸する機会が目立ち始めた。

 工場内で作業者が新たな作業方法を考えても、試すこともなく案を却下してしまうケースも相次いだ。すぐに実施できる案であっても、メリットとデメリットを示した提案書を書かせた上で、デメリットの方だけをあげつらって潰してしまうのだ。

 気がつくと、U工場では新しいことにチャレンジする風土が薄れてしまい、同時に顧客からの評価も売り上げも急激に落ちてしまった