崩壊の顛末(てんまつ)
多種多様な製品を生産し、毎日慌ただしく出荷に追われている工場がある。これをA工場と呼ぼう。A工場の構内では、トラックやフォークリフトがひっきりなしに走り回って出荷作業をしていた。そして、いつしか出荷最優先の雰囲気になり、事故が頻発するようになってしまった。そのため、A工場では完全無災害を目標に安全確保に力を入れる取り組みを始めた。
この会社では、災害が起きたときに作業者の不注意として片付けず、それが「なぜ起きたのか」、また職場の環境や仕事の手順に問題はなかったかを考えて、安全な環境の整備に力を注いでいた。
労働災害は、作業者が安全ではない行動を取ってしまう不安全行動か、作業を行う環境に安全上の問題がある不安全環境か、あるいは、その両方が存在することによって発生すると言われている。この観点で、作業者ではなく作業環境に着目して改善の取り組みを行う姿勢は極めて適切なものと言えるだろう。
ところがある日、現場で過去に発生して対策をとったはずの事故と同様の事故が発生した。それは、作業者が出荷準備をするためにトラックの荷台で作業した後、そこから飛び降りて足首を捻挫した事故だ。数カ月前に起きたものだった。それまで、現場にいた誰もが何の迷いもなくトラックの荷台から飛び降りていたし、運送業者のドライバーも同様だったので、現場ではむしろ「キビキビとした素早い作業動作」という雰囲気さえあった。
早速、事故の発生を受けて安全委員会が開かれ、原因の追究が行われた。直接の原因は、高さが1m45cmのトラックの荷台から作業者が飛び降りたことだ。だが、そもそも職場に適切な昇降台(移動式の踏み台など)がないことが問題だったという結論に達した。そこで、トラックの荷台で作業をするときは必ず昇降台を使うというルールを決めた。しかし、事故は再発した。現実にはルールが守られていなかったのだ。
安全委員会の委員長である工場長は、捻挫した作業者が所属する職場の班長に、「決めたことをなぜ守らせなかったのだ」と厳しく叱責した。そして、その場ではルールの再徹底が厳命され、改めて作業者全員に周知することとなった。
しかし、安全委員会が終わった後、うなだれるように部屋を出てきた班長が、ぼそっとつぶやいた言葉が現場の本音を表していた。「昇降台を持ってきて作業をしろと言われても、現場でいちいちそんなことはできないよ。でも、安全に対して意見は許されない雰囲気だ。どうしたものか……」と。その後、A工場では誰も昇降台を使わず、ある日、捻挫事故は再発した。