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崩壊の顛末(てんまつ)

 複雑な設備を熟練の技で使いこなしながら製品を生産している工場がある。これをB工場と呼ぼう。B工場の設備は導入から長い年月をへており、交換用の新しい部品の手配が難しい状態になっていた。そのため、故障したときには「この人にしか分からない」というほどベテランの作業者が、過去に壊れた設備から取り出した部品を活用したり、自ら部品を製作したりして対応していた。

 業種を問わず、設備技術や保全部門における熟練したベテラン作業者の職場は、その人の「城」になっていることがある。その作業者の個人的な裁量に任せてしまった結果、他の誰も口を出せない、その作業者だけの聖域になってしまうことがあるのだ。そうした場所では、その作業者の性格や好みに応じて、さまざまな部品や資材が他人には分からない状態で置かれている。新品と混在した中古品や、使えるのか否か他の誰にも判断できない薄汚れた部品、何なのか誰も判別がつかないような謎の物体に至るまで、さまざまなものが無秩序に置かれているものだ。

 ただ、その「城」の主である作業者は、どこに何があるのかをほぼ完璧に把握している。従って、例えば、ある古い設備の特定の部品が壊れた場合でも、なんとか修繕できる。部品置き場のガラクタの中にある、昔廃棄された設備から部品を取り出して改造することが可能だからだ。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 ところがある日、現場で設備が故障した際に思わぬ問題が発生した。運が悪いことに、その設備の修繕ができる唯一のベテラン作業者が、その日インフルエンザで出勤停止になっていた。そこで、工場のスタッフが自宅療養中のベテラン作業者に電話したのだが、修繕に必要な部品が、どこに、どのような状態で置かれているのか、電話口で話を聞いても全く分からなかった。部品置き場は、誰も手を付けられないような混沌とした状態になっていたからだ。

 結局、B工場では部品を扱っている商社や、過去に設備を扱った経験のある人間に1人ずつ問い合わせて、なんとか修繕の見通しを立てた。しかし、設備は稼働停止を余儀なくされた。そこに至るまでには実に数日が経過していたからだ。

 ようやく設備が稼働し始めて、生産も元の水準に戻った頃、件(くだん)の作業者が出出勤してきた。そして、何食わぬ顔で「俺がいないと設備が回らないな」と言い、満足げな顔をしていた。周囲にいた人間は、怒りを抑えるのに必死だった。