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崩壊の顛末(てんまつ)

 「顧客隣接型」、すなわち顧客に近いエリアで生産を行う工場がある。これをC工場と呼ぼう。C工場は海外にあり、ある時その国で問題が発生した。流行性の風邪がまん延したのだ。

 この影響を受け、C工場では従業員の多くが1週間程度の休みをとることを余儀なくされた。しかも、肝心の現場のキーパーソンも皆、病欠。残された作業者で生産を続けなければならない状況に陥った。

 C工場は、日本にある本社工場から作業者を派遣して急場をしのごうとした。だが、それはできなかった。感染症がまん延している場合、その地域における感染症の流行が一定レベルに収まるまで出張を禁止するというルールが会社にあったからだ。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 C工場では、各工程のキーパーソンがデータを加工した上で、「マザー工場」の位置づけにある本社工場に伝えていた。だが、病欠でキーパーソンが不在となったため、その業務を一般の作業者が代わりに担うことになった。加えて、両工場のやり取りは、感染を避けるために、社内イントラネットを使ったファイルの共有や、インターネットを使ったビデオ通話などのオンラインミーティングツールによって行うことになった。

 ところが、問題が発生した。本社工場が「あの資料を送ってくれ」と依頼しても、なかなか伝わらないのだ。現地では有力部品・材料メーカーが一時閉鎖するなど、サプライチェーン(部品・材料の供給網)の寸断が起こっていた。従って、次に何をすべきか早急に対策を講じなければならなかった。にも関わらず、本社工場はC工場からいちいちWebカメラで現場を映してもらい、確認しながら対策会議を進めざるを得なかった。結果、C工場では生産計画に遅延が生じてしまった。