全3054文字
PR

崩壊の顛末(てんまつ)

 ひっ迫する生産の中、従業員の「馬力」でなんとか出荷対応を維持してきた工場がある。これをG工場と呼ぼう。G工場では残業や休日出勤を繰り返し、なんとか出荷を維持していた。多忙を緩和する改善活動がままならず、忙しさに拍車がかかるという悪循環を繰り返していた。

 G工場の現場はとにかく多忙を極めていた。営業部門から要求される生産量に対し、どれくらいの作業時間が必要なのかを十分に把握できないまま、ひたすら工数をつぎ込む事態に陥っていた。他工場からの応援者を受け入れたり、苦労して社員を採用したりして、工数不足の作業工程に投入したりもした。

 だが、ベテラン作業者たちが多忙で若手社員の教育にまで手が回らない。そのため、現場の人数は増えているものの、生産能力への寄与は限られていた。新人作業者の中には、ろくに教育を受けられずに雑用ばかりを押し付けられる環境に辟易(へきえき)し、早々に退職する人も出始めていた。G工場の現場はまさに満身創痍(そうい)の状態だった。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 ところが、一転して景気が悪化して工場の稼働が大きく低下した。これにより、作業者の時間に一定の余裕が出てきた。生産量が減ったため、改善活動をしなくても残業や休日出勤の回数は自然に減った。あえて改善活動をしなくても、顧客要望を満たす出荷は難なく維持できた。結果、改善活動の意欲が減退し、G工場の現場は競争力が低下してしまった。