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崩壊の顛末(てんまつ)

 予定した製造原価(予定原価)と実績原価の乖離(かいり)に悩んでいる工場がある。これをH工場と呼ぼう。H工場が予定原価を達成できない理由は、生産時間の管理の弱さにあった。そこで工場長のA氏は、「生産計画の順守」を旗印に時間概念の浸透に向けた取り組みを行った。

 このH工場が時間管理に弱いのは、管理者が現場に作業や業務に必要な目標時間を明確に伝えていなかったことや、品質や設備のトラブルが多発していたことに原因がある。加えて、業務に関連する部門間の情報伝達が十分に行われていなかったため、随所で業務が停滞するという問題も生じていた。

 そこで、工場長のA氏は「生産計画の順守」という取り組みにより、生産計画の遅れを「見える化」することにした。どの業務でどのような問題が発生しているかを具体的に洗い出そうと考えたのだ。問題が見えれば、そこに対策の手を打てる。これによりトラブルを減らすのはもちろん、この活動を展開することで時間に対する現場の意識を高めようとしたのである。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 生産計画と生産実績との間に差があれば、それが見える化された問題だ。それらの問題をどう解決していくかという議論を日々繰り返すことで、H工場の生産性は向上し、トラブルの件数は大きく減った。原価管理の質の向上にもつながった。

 ところが、こうした取り組みが工場長の交代によって大きく様変わりした。新任工場長のB氏は、生産計画の達成度を極限まで高め、日々の生産計画の達成を100%にせよと号令を発した。実は、前任の工場長のA氏も言葉としては生産計画の100%達成を掲げていた。だが、目的が異なる。A氏は、問題の洗い出しと解決に向けた取り組みのきっかけを作るのが狙いだった。

 これに対し、B氏は生産計画への理解が浅く、現場に対して生産計画の達成をひたすら求め続けるという態度に出た。そのため、現場は生産計画の達成に関して強烈なプレッシャーを受けた。結果、H工場では手順を勝手に簡略化したり、ちょっとしたトラブルを隠蔽したりといった不正がまん延してしまった。そして、ついには品質不正問題にまで発展してしまった。