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崩壊の顛末(てんまつ)

 組み立てや加工を得意とし、多くの作業者が生産活動に従事している工場がある。これをL工場と呼ぼう。このL工場では、熟練した作業者が顧客からのさまざまな要求に応えながら、組み立て作業や加工作業を行っていた。典型的な多品種少量生産の工場だった。

 「人のいる場所には改善すべき点がある」という生産現場の“金言”の通り、L工場の現場には改善すべき点が多く存在していた。経験豊富な現場の作業者は当然ながら改善すべき点を認識しており、改善活動が将来の競争力に必要であるという認識を持っていた。しかし、その日の出荷で多忙を極めており、改善までには手が回らない状態だった。

 工場には間接部門として生産技術課や開発課があり、その人たちも品質やコストの視点から改善すべき点を認識していた。ところが、生産現場に対して「〇〇を改善してはどうか」と問い掛けても、彼らからは「忙しいので、とてもそんな余裕はない」という言葉が返ってきた。逆に、「問題だと思うなら、あなたたちが改善してくださいよ」と間接部門に言ってくる始末だった。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 誰もが改善すべきだと思っているのに、皆が多忙を理由に腰が引けているという状態だ。ところが、そんなL工場に大きな変革のチャンスが巡ってきた。それは市場の急激な停滞による稼働の低下だった。これで現場に時間的な余裕が生まれたのだ。

 構造不況ではないため、景気の低迷は半年から1年近くで元に戻ると推測された。だが、一時的とはいえ、工場の稼働は2~3割下がった。会社は不要不急の出費を抑えてこの事態を乗り切ろうとする一方で、現場に対しては、これまで多忙を理由に避けてきたさまざまな改善を実行に移してほしいと考えていた。だが、稼働が落ちてからしばらくたっても、現場は改善活動に取り組もうとはしなかった。結果、L工場の生産性は上がらなくなってしまった。