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崩壊の顛末(てんまつ)

 多くの設備を巧みに駆使して複雑な加工を施している工場がある。これをM工場と呼ぼう。このM工場では、現場に精通した工場長が活躍していた。まさに「たたき上げ」という言葉がふさわしく、その腕が見込まれて現場の作業者から工場長にまで上り詰めた人物だ。

 改善にも積極的で、改善手法の知識の吸収に貪欲なだけではなく、現場を見渡しては即座に問題点を見抜いて次々と改善していった。「〇〇の位置はこうした方がよい」「〇〇作業は△△作業と同時に行った方がスムーズに流れる」といった具合だ。この工場長に率いられ、M工場の現場は改善活動に積極的に取り組むようになっていった。

 ところが、毎年記録を更新してきたM工場の生産効率の向上に、徐々に陰りが見えるようになってきた。現場を見渡しても「ここが問題だ」と作業者が感じる場所が減ってきたのだ。決して改善を諦めたわけではない。「まだできることがある」と前向きな姿勢は崩していなかった。だが、改善を続けてはいるものの、重箱の隅をつつくような取り組みが増えていった。それでも工場長は、「より良い工場にする」というスローガンを掲げ、改善活動の手を緩めようとはしなかった。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 しばらくして、同じ会社の他工場から生産プロセスに関して豊富な知識を持つ課長が転任してきた。この課長はM工場を観察するなり違和感を覚えた。現場の作業者たちは誰もが改善に前向きで、「機械の〇〇部分を少し曲げればチョコ停が減る」などといった“泥臭い”改善案は積極的に受け入れてくれた。ところが、客観的なデータに対する意識が低い。例えば、「設備の停機時間は1日当たり何分で、その内訳は何か」といった、改善に必要な現場のデータをほとんど持っていなかったのである。

 それどころか、「現場の分析をしなくても、私たちはこの現場のことを一番よく分かっている」「数字よりも現場そのものが大事なのでは?」といった言葉が作業者から返ってきた。現場を「感覚の視点」からだけではなく、「客観的なデータの視点」からも見ることで、より大きな改善テーマが見えてくるという課長の考えは、作業者にほとんど理解されなかった。

 結果、赴任して間もなく課長は孤立。M工場の改善活動は暗礁に乗り上げ、今なお生産効率は伸び悩んだままだ。