崩壊の顛末(てんまつ)
顧客からの支給部材に高度な加工を施す業務を行っている工場がある。これをP工場と呼ぼう。このP工場は、加工技術の知識を生かして素材開発の段階から顧客と共同開発ができる優秀な工場だ。ある時、有力顧客であるA社向けの製品を出荷する際に、P工場が担う出荷検査の対象ではないある重要な特性が設計値から逸脱していることに気がついた。本来はチェックしなくてもよい特性を調べたところ、偶然発見したものだった。
一般に、製品に関わる全ての特性を検査することは難しい。そのため、設計段階で十分に確保されていると判断した特性については、生産時にはその確認を省略することはよくある。P工場でも、顧客と取り交わした納入仕様書に規定された項目は正しく検査を実施しており、そこに問題はなかった。
工場長は深刻な事態だと判断して社内に調査プロジェクトを立ち上げ、過去の製品の再調査を含めて原因の追究を行った。結果、やはり顧客からの支給部材の特性には問題があることが判明した。そこで、「ただちに出荷を止めて顧客へ報告するとともに善後策の協議を始めるべきだ」と社内で訴えた。
ところが、その判断に猛然と抵抗したのが営業部長だ。工場長の机に駆け寄り、「勝手なことをしてもらっては困る」と激怒した。「この製品は顧客にとって極めて重要な位置付けにあり、出荷を止めるなどまかりならぬ」とえらい剣幕(けんまく)だった。聞けば、その顧客(A社)は彼らの顧客である最終ユーザー(B社)との間で深刻な納期問題を抱えており、今ここでP工場が出荷を止めると、サプライチェーン全体に重大な影響を与えてしまうというのである。
ついには、営業部長は「今回の問題は当社の責任の範囲ではないのだから、気づかなかったことにしろ」という禁断の言葉まで発した。いくら顧客との取り決めの範囲外の事項とはいえ、問題のある製品を出荷するわけにはいかない。そう考える工場長は「技術者として正しいと思うことを堂々とすればよい」と頑として首を縦に振らず、営業部長とにらみ合う状態になった。
だが、勝ったのは営業部長の主張の方だった。顧客(A社)の調達部門から納期を守るように厳しく言われている営業部長が、「顧客への報告は後回しにして出荷すべきだ」と猛烈な勢いで押し切ったのだ。結局、P工場は決して進んではならない領域に足を踏み入れてしまった。