全3048文字
PR

崩壊の顛末(てんまつ)

 ベテラン作業者が多く在籍し、“あうんの呼吸”で仕事が行われている工場がある。これをQ工場と呼ぼう。Q工場は、さまざまな経験を積んできたベテラン作業者たちが急な納期変更や仕様変更にも柔軟に対応しており、その対応力の高さには顧客から定評があった。

 半面、ベテラン作業者のスキルに依存した工場故に、仕事の仕組みが十分に整備されているとは言い難かった。多くの作業には経験に根差した「不文律」が多数存在していたため、若手作業者の育成に対して大きな障害となっていたのだ。

 現時点でベテラン作業者に依存しているということは、言い換えれば、作業者の年齢層が高いということ。すなわち、若手作業者への世代交代や技能伝承を実施しなければならない状況にあるということだ。ところが、若手作業者は、何をするにしてもベテラン作業者に「職場の常識」という名の不文律を教わらなくてはならない面倒に不満が鬱積。やる気を失い、世代交代や技能伝承は遅々として進まなかった。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 ある日、Q工場から怒号が聞こえてきた。「治具の要になる部品に、強度の弱い樹脂を使うとは何事か! 常識も知らないのか!」。仕事に厳しい工場長が、少し仕事に慣れてきた若手作業者に対し、ハラスメントにもなりかねない言葉で怒鳴ったのだ。作業に必要な治具の作製を指示した際に、工場長の考える「常識」を満たしていなかったことが気に入らなかったようだ。

 Q工場では、以前から治具の特定箇所には必ず金属製の部品を使っており、現場では常識として認識されていた。かつて治具の性能を高めようと樹脂部品を採用したところ破損してしまい、顧客を巻き込んだ大クレームを起こした苦い経験があったからだ。

 だが、実は若手作業者はそれを知らずにやったのではない。先輩であるベテラン作業者からは該当する箇所に金属部品を使うようにアドバイスを受けていた。しかし、社内の開発部門のスタッフから、より安価で強度も高く、生産性向上にも寄与する新しい樹脂を紹介されたのだ。それを踏まえて、開発部門と評価を行い、問題がないことを確認した上で治具に使ってみたのである。

 にもかかわらず工場長から頭ごなしに「常識知らずだ」と罵られ、理由を説明しようにも聞く耳すら持ってもらえなかった。結果、この若手作業者はやる気をすっかり失ってしまった。