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崩壊の顛末(てんまつ)

 自由な雰囲気の中で、現場の従業員が改善活動を積極的に推進していた工場がある。これをT工場と呼ぼう。T工場では、工場長の方針により、現場の自主性を大いに尊重する文化が出来上がっていた。工場長の口癖は「工場が良くなると思った取り組みは積極的に行いなさい。責任は俺が持つ」というものだった。

 親分肌のこの工場長は、1日に何度も現場を回り、中堅スタッフから若手社員に至るまで分け隔てなく接し、現場のちょっとしたトラブルや疑問に対しても親身にアドバイスしていた。工場長は現場の自主性は許容するものの、決して放任主義ではなかった。現場の中堅スタッフもこの管理方針に慣れており、細かな内容は全て自分たちでこなす一方で、ここ一番のときには必ず工場長の意見を聞くなど、要所で報・連・相(報告・連絡・相談)を確実に行うことが習慣づいていた。

 ところが、自由闊達なこの工場の雰囲気が工場長の交代によって一変した。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 新しい工場長は、部下の細かな行動にまで口を出したがる、いわゆる「マイクロマネジメント」を好むタイプだった。日々何をしているのか、どんなことが起きたのかといった報告を常に求めた。工場の中で自分が知らないことがあると極端に不機嫌になり、現場に当たり散らす。周囲の管理職がそれとなく注意するのだが、新工場長は「成果を出すためには細かな管理が重要だ」との信念で、管理スタイルを変えることはなかった。

 ある日、現場から「俺は聞いてないぞ!」と新工場長の怒鳴り声が聞こえてきた。怒りの矛先は、現場でも優秀と評価の高い中堅スタッフだった。現場で活用していた治具を改善すべく、現場の仲間たちと相談しながら試験を重ねていたのだが、その動きを知った新工場長が「俺に何の報告もないのはどういうことだ」と怒り出したのだ。頭ごなしに罵声を浴びせられた中堅スタッフは反論する気にもならず、「申し訳ございません」と謝ったきり黙り込んでしまった。実は、それまで新工場長に何を報告しても、何の決断もしないばかりか、あら探しに終始するだけだった。そのため、現場では「新工場長は“管理ごっこ”をしているだけだ」と噂される始末で、人望も失っていた。

 この怒鳴り声は決定打になった。現場のメンバーたちは、新工場長に対してすっかり愛想を尽かし、いわゆる面従腹背状態に陥ってしまった。