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崩壊の顛末(てんまつ)

 堅実経営を信条とする社長の統率により、誠実な仕事ぶりで評価を得ていた工場がある。これをY工場と呼ぼう。社長は納期やコストなどで無理な注文は受けない方針を採っていた。自社の得意とする技術分野をしっかりと顧客へ提供するためだ。そのために、安定した生産現場を維持することと、受けた仕事に対しては確実に供給するという姿勢を堅持していた。

 創業して間もない頃、社長は売り上げを増やすために生産能力に見合わない受注をしたことがある。現場のメンバーと寝食を忘れて生産し、何とか約束の期日に間に合わせた。だが、無理をしたせいで生産現場は大きく混乱し、結果として顧客に大量の不良品を納めてしまった。その時、顧客から「なぜ、できもしないことをできると言ったんですか。あなたは無責任ですよ」と叱責されたことが社長の胸に残った。この苦い経験が、Y工場の「無理をしない」という堅実経営の礎となった。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 そのY工場に大きな転機が訪れた。高齢化に伴う社長交代だ。創業社長の後を継いで、息子が新社長に就任した。他社の生産現場で武者修行した新社長は、しっかりとしたものづくりの技術経験を積んでおり、現場の古参社員も新社長の就任を大いに歓迎した。

 新社長には、Y工場に対して大きな問題意識があった。それは、堅実経営を推進するあまり、コスト改善への切り込みが弱いのではないかというものだ。新社長は就任後、材料費の低減や製造原価の圧縮など、さまざまな取り組みを率先して行って成果を上げた。しかし、さらに利益を上げるためには、売り上げの拡大が必須だと考え、生産能力の限界まで販売を拡大する決断をしたのだ。

 実はこの新社長は武者修行に出ていた会社での経験から、自社の作業が緩慢であり、生産量を増やす余地があるとにらんでいた。就任直後からこっそりと現場の観察を行い、現状の生産人員での生産拡大に自信を持っていた。この方針を受けて営業部門は積極的な受注活動を行い、生産現場は瞬く間に、かつてない多忙な状況に変わっていった。

 新社長の考える「時間当たりの生産量」はみるみる向上し、それにつれて製品当たりのコストは大きく改善したが、同時にクレームが急増。顧客からは「Y工場は、新社長になってから仕事が荒くなった」と警戒される事態に陥ってしまった。