全2978文字
PR

崩壊の顛末(てんまつ)

 ベテランの豊富な暗黙知と高度な技術が顧客からの支持を得ていた工場がある。これをZ工場と呼ぼう。このZ工場は経験を重んじる社風で、どの社員も職人気質にあふれていた。自分の知識や技術を磨くことが美徳とされており、中でも品質問題につながるような作業ミスは恥と考えられていた。

 作業ミスによる不具合を発生させてしまった作業者は、冷たい視線を浴びて、「何年この仕事をやってるんだよ」と周囲から陰口を叩(たた)かれることになる。良く言えば、互いに切磋琢磨(せっさたくま)しながら高い水準の仕事を追求している工場だが、悪く言えば、作業者の自尊心に依存して気合と根性で仕事をしている工場とも表現できる。こうした社風で長年操業してきたので、古参のベテラン作業者に厳しく鍛えられてきた中堅作業者もまた、同じような価値観で作業していた。

 だが、ある日、Z工場は大きな混乱に陥った。きっかけは、景気の低迷によって数年間途絶えていた新卒採用を再開したことだった。Z工場では過去に何度か中途採用を試したことはあったが、うまくいかなかった。大抵の場合、ベテラン作業者の“お眼鏡”に適(かな)うことはなく「こいつは、モノにならない」と切り捨てられ、中途採用希望者は失意の中で工場を去っていく。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 中途採用の失敗で、Z工場では年齢構成が徐々にいびつになっていった。「このままでは会社に未来はない」と危機感を抱いた経営者は、新卒者の採用再開を決めた。

 ところが、大きな期待を込めて採用した新人作業者たちが、現場に入って実習を始めて間もなく、「会社を辞めたい」と言ってきた。

 工場長が話を聞くと、新人作業者たちの口から次々と不満が漏れてきた。「作業でミスをしたのですが、頭ごなしに注意が足りないと叱られました。でも、そもそも治具が使いにくくて、ミスをするなと言われても、あれでは無理です」「私は製品の汚れを見落として叱られました。作業台が暗くて汚れが見えにくかったと先輩に言ったのですが、『俺たちは問題なくできている』と、取り合ってもらえませんでした」といった具合だ。

 「もしかしたら、我々の考えは時代に合わなくなっているのではないか」と疑問を持ち始めた工場長に対し、ベテラン作業者は「製品に品質問題が生じてしまう。若いやつのわがままだ」と一笑に付すだけ。そうこうするうちに、新人作業者が1人、また1人と辞めていってしまった。