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崩壊の顛末(てんまつ)

 技術スタッフと現場の作業者がうまく協調しながらものづくりを行っている工場がある。これをD工場と呼ぼう。D工場では、技術に秀でたスタッフが現場のさまざまな事象を技術的な側面から検討し、適切な取り組み案を考える役割を担っていた。一方で、優れた技能と豊富な経験を持った現場の作業者は、技術スタッフの意見を踏まえて作業にどう展開すべきかを考えて実践する。こうした技術スタッフと現場スタッフのチームワークの良さが光っていた。

 技術スタッフは、客観的なデータを基にした議論を心掛けており、いわゆる「カン(勘)・コツ・経験」に頼らない「技術に立脚したものづくり」を推進していた。現場の作業者も、自らの技能と経験を過信することなく、自分たちの作業結果が製品にどのような影響を与えているかに常に関心を払っていた。

 D工場の現場では、技術スタッフが作業者に調査やデータの取得を依頼する際に、事前にその目的や意味をしっかりと説明していた。こうした技術スタッフの姿勢に、作業者は「こっちだって忙しくて大変なんですよ」と冗談で言いつつも、技術スタッフへの協力を惜しまなかった。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 しかし、こうした良い風土が崩れてしまう事態が発生した。それは、工場と良好な関係を築いていた技術部門の出身者ではなく、工場とはあまり縁がない管理部門の出身者が工場長に赴任してきたことに端を発する。

 D工場は非常にフットワークが軽く、高い技術力で顧客からの評価を得ている一方、厳しい競争環境の中で、コストの面ではまだまだ詰めるべき点があった。そうした点を踏まえ、コストに関する議論に秀でた人間が適任であると経営陣が判断し、経理畑を歩いてきた間接部門出身の人物をあえて工場長に充てたのだ。

 しかし、新しい工場長は、とにかく自分が現場の状況を知りたいためか、現場に対して頻繁に調査を指示した。ところが、調査の目的を語ることはなく、結果にコメントすることもしない。現場は「設備の稼働状況を報告せよ」「主力製品のロス量を報告せよ」といった指示を受け、調査してその結果を報告すると、また別の調査を矢継ぎ早に指示されるのだった。

 工場長から目的を教えてもらえないまま、現場は言われたことを実行するだけ──。これが繰り返され、現場からは「前も同じようなデータを取ったけど、あれって結局どうなったの?」といった不満が蓄積していった。やがて、現場は「工場長は自分たちを闇雲に動かすだけの存在だ」と考え、工場長を信頼しなくなった。結果、現場でのデータ取得など調査活動にも抵抗を示すようになってしまった。