崩壊の顛末(てんまつ)
作業者の世代交代が始まり、若い世代の作業者が徐々に増えてきた工場がある。これをE工場と呼ぼう。このE工場では、少数の中途採用者はいたものの、長い間、新人作業者が入ってこない状況が続いていた。
多くの作業者は経験年数が長く、いわゆるベテラン作業者が職場を占めていた。そのため、現場のさまざまな決め事やルールなどは、現場の全員がそれを熟知しており、意思の疎通も含めてスムーズに作業をこなしていた。何か作業上の指示を行うにしても、文字通り「この前の、あれ、やっておいてくれ」といった曖昧な指示でも事足りてしまう現場であった。
しかし、この現場にも変革が迫られるようになった。現場のことを全く知らない新人作業者が増えたことで、一から教えないと作業ができないようになり、「あれ」とか「それ」といった、暗黙の了解に基づく意思の疎通が難しくなってきたからだ。そこで、このような問題を解決するために、E工場では新たな取り組みが始まった。現場のどこに何があるかを新人作業者でも迷わないように、工具や治具、材料などの位置をしっかり決めておこうという取り組みだ。
現場にある、あらゆるものの位置が決まっていれば、作業を指示する側も、指示を受ける側もスムーズだ。さらに、ものの位置が決まっていることによって、いつでも同じ作業が同じようにできる現場になるため、作業の標準化にもつながる。新人作業者が増えてきた現場において、取り組む活動としては極めて適切な取り組みと言える。
ところが、思った通りにはならなかった。ベテラン作業者が「〇〇という工具を取ってこい」と新人作業者に指示しても、しばらくすると新人作業者が困った顔をして「指示された所に行きましたが、〇〇がありません」と言ってくるのだ。いら立ちながら、ベテラン作業者がその場所に行くと、確かに指示した場所にはものが置かれていない。結局、ベテラン作業者はこれまでの経験から、この工具がどこにあるか、今誰が使っているのかを推測して、工具を探し当てることになった。
このように、せっかくものの位置を決めても、そこにものが置かれておらず、違う場所に「チョイ置き」されていたのだ。ベテラン作業者は「どうして、ルールを守らないのだ」と新人作業者を叱り、一方の新人作業者は「先輩も決めた場所に置かないじゃないか」と内心で不満を募らせていった。その結果、現場では、ものの位置を決めて仕事がやりやすくしようとする機運は消え去ってしまった。