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崩壊の顛末(てんまつ)

 国内外に広く工場を展開している企業の主力工場がある。これをF工場と呼ぼう。このF工場を従える企業は、工場長や部長を担える中核人材を教育するプログラムを実践している。部門経営者に必要な経営の知識から、製造業として確実に押さえておかなければならないものづくりの基本、品質や安全の基本など、近い将来に工場マネジャーとして働くために必要な知識や考え方を身に付ける幹部育成プログラムである。

 中核人材になると、既に実務経験は豊富で知識も備わっているものだ。だが、日常の業務では自身が部門の長、すなわち責任者になったと想定して、その部門をどのように運営すべきか、ものづくりのあり方をどうすべきかについて考えることはまずない。この育成プログラムはそれを深く考える、いわば「脳に汗をかく」ような内容となっている。そのためか、教育を受けた社員はもちろん、育成プログラムの成果を期待する経営幹部からも高く評価されていた。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 ところが、ある時、F工場で悩ましい事態が発生した。それは、極めて優秀なスタッフであったA氏が、この幹部育成プログラムに抜てきされて参加しことに端を発する。A氏は同期の社員に比べて多くの経験を積んでおり、知識も豊富で期待される人物だった。それ故に、このプログラムにおいても、さまざまな問題提起を行い、その議論の中心になっていた。

 しかし、そのような議論の場に、オブザーバーとして経営幹部が参加したところ、「これはまずいな」と気になる点があった。他の参加メンバーの間で議論が深まらないのだ。例えば、議題として「〇〇の真の意味を理解しているか。また、それを適切に現場で実施できているか」といったテーマが与えられると、A氏は「この視点は全員が分かっているはずだ。そして××のように適切に実施している」という発言でまとめてしまう。他の参加メンバーはA氏の勢いに飲まれ、テーマに対して深く考えることをしなくなり、議論にならない状態に陥っていた。

 他にも、問題提起された議題に対し、「現場では〇〇の状況があり、問題とされる考え方は、自分たちの職場には合致しない」などと断言するために、やはり議論がそれ以上深まらない。問題意識の強い参加者からは議論が深まらないことに対し、もやもやとした不安が表出する事態になってしまった。

 その様子を見ていた経営幹部は、その場でA氏を指導することはあえて控えたものの、幹部育成プログラムの運営陣に、早急にA氏に対して意識を変えるサポートを行うように指示した。A氏は経験や知識が備わっていることが逆に災いし、「自分の理解は正しく、やっていることも適切だ」と絶対視する意識を持っていた。それが邪魔をして、今の工場では何が問題なのか、現場をあるべき姿にするために何を変革すべきなのか、といった議論に目が向いていなかったのだ。