全3808文字
PR

崩壊の顛末(てんまつ)

 技術力で名前を知られている工場がある。これをG工場と呼ぼう。ある時、G工場で開発部門の主要メンバーが集まり、一様に苦悩の表情を浮かべていた。誰かが「これは、お客様には言えないよな……」と言うと、全員が押し黙ってしまった。一体何が、このG工場で起こったのだろうか。

 G工場では1年ほど前に、現行製品よりも性能が大幅に向上する新しい加工技術を開発した。この新技術は、顧客の要求に対して大きく貢献できると同時に、同業他社の製品よりも高い優位性を獲得することができる画期的なものだった。初期の技術開発で、その可能性の高さを実感したG工場では、生産技術部門や製造部門の協力を得ながら量産に向けた取り組みが進められていた。

 そしてそれと並行し、開発部門が造った試作サンプルを顧客に広く宣伝するなど、営業部隊も新たな受注の獲得に向けて積極的な取り組みを開始した。試作サンプルの特性は素晴らしく、サンプルを渡した顧客からの評判も上々だったため、試作段階から量産段階に移行した。量産段階に入るとすぐに、多くの顧客から採用決定の報を受けたのだった。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 量産を開始してからしばらくは順調に生産が続いた。ところが、数カ月経過した頃、製造現場から開発部門に対し、「生産工程で、急に特性不良の発生率が高くなった。原因の調査と対策に協力してほしい」という要請が来た。技術的な調査が進むにつれて、開発部門の主要メンバーは頭を抱えることになってしまった。特性不良の発生原因が複数の材料に起因していることに加え、新たに開発した生産設備の動作にも起因していることが明らかになったからだ。

 一方で、新技術に魅力を感じた顧客からの注文は極めて好調で、納期は刻一刻と迫ってくる。にもかかわらず、G工場では、特性不良の多発で良品の確保が困難な状況が続き、生産現場は混乱を極めていた。おまけに、特性のばらつきを抑えられないばかりか、生産回数が増えるたびに特性ばらつきが大きくなっていく始末……。

 納期はさらに逼迫し、G工場は八方塞がりの状況に陥った。この切羽詰まった状況で出てきた言葉が、冒頭の「お客様には言えない」だ。この言葉をきっかけに、開発課長は“悪魔の決断”を下した。

 「顧客の使用条件を踏まえると、少しだけなら社内の合格基準を緩和しても問題ないはず。既に顧客での使用実績もある。いまさら規格の緩和などお願いできる状況ではない」と。

 こうして、G工場は顧客に内緒で規格を逸脱した製品を出荷するという品質不正に手を染めることになってしまった。