崩壊の顛末
能力を認められ、他社から転職してきた人物が工場長に就いた工場がある。これをI工場と呼ぼう。もともとI工場では、経験豊富な作業者たちが日々の多忙な生産活動の合間を縫うようにして生産性の改善を行っていた。顧客からの要望は年々厳しくなるため、改善活動の必要性は誰もが分かっており、決して改善に後ろ向きになっている職場ではなかった。
しかし、改善活動が続くことで、徐々に改善のネタが尽きてしまい、なかなか大きな成果を出すことが難しくなってきた。次第に改善活動そのものが目的化してしまい、「とりあえずの改善」や「間に合わせ的な小ネタ改善」を繰り返すようになってしまった。継続的な改善活動を行っている工場ではよくあることだろう。このI工場も、改善活動に対する閉塞感やマンネリ感が充満してしまい、改善に対する意欲低下は否めない状況に陥っていた。
こうした状態を打破する狙いもあり、他社で多くの改善実績を積んできた人物が中途採用によって新工場長に就任したというわけだ。新工場長を採用した社長は、「今までとは異なった着眼点をこの工場に展開する」ことを大いに期待し、この新工場長も、自分がなすべきことをよく理解をして、その任に就いたのだった。
工場長は着任後、すぐに意見を発信するのは控え、まずは実態を客観的に把握しようと何度も現場を訪れては、日々の生産活動や作業者たちの動きを観察した。また、現場の作業者には1人ひとり丁寧に声を掛けて、現場が抱えているさまざまな意見を吸収しようと努めた。
新工場長からどんなことを言われるのかと身構えていた現場の作業者も、自分達の実態を理解しようと歩み寄ってくる姿勢や、自分達の仕事に対してダメ出しをしない姿勢を見て、新工場長に対して徐々に態度を軟化させていった。そして、そのような良い雰囲気が醸成されたところで、新工場長は現場のキーパーソンになる数人の班長に対して、自らの思いを伝えることにした。
新工場長は、まず現場にはたくさんの改善すべき点があること、そして、それらを改善するには、仕事のやり方を大きく変える必要があることなどを丁寧に説明しようとした。しかし、すぐに想定外の反応が返ってきた。新工場長の説明を苦々しく聞いていた班長が、その説明を遮って声を上げたのだ。
「工場長、あなたの言うことは、私も“教科書的には”正しいと思います。しかし、ウチの工場は、あなたがいた業界とは違います」。その言葉を皮切りに、「現場にはそれぞれ事情がある」、「他社と我々の工場では置かれた状況が違う」と、問題点の指摘を頭から否定するわけではないが、それを是正しなければならないと説く新工場長とは、真っ向から対立してしまった。詰まるところ、「自分たちの工場には特別な事情がある。よそから来た人間が、よく知りもしないで現場に口を出すな」とのことであった。
当初、工場長は努めて穏やかに説得を試みたが、あまりにもかたくなな姿勢に、つい本音が出てしまった。「皆さんはこの工場が特別だと言うが、そんなことはない。この工場と同じような条件に苦しむ会社、そして、それを乗り越えようと改善に取り組んでいる会社は山ほどある。結局、自分たちは特別だと言い訳をして、現場の根本的な改善から逃げようとしているだけではないか」。これを聞いた班長達は感情的になり、話し合いは険悪な形で決裂してしまった。