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崩壊の顛末(てんまつ)

 受注が好調で、高い稼働率を維持し続けている工場がある。これをP工場と呼ぼう。このP工場では、製造担当の役員など経営幹部が「役員視察」と称する現場巡回を定期的に行っていた。

 日々多忙なP工場の現場では、「生産活動が最優先」と言い訳しながら、設備の汚れや現場に物が散乱する状態をそのままにして生産を続けていた。しかし、その状態で役員視察を受けると厳しく注意を受ける。そこで、役員視察の1週間ほど前になると、全員で設備をメンテナンスし、さらにはピカピカに磨くなどして「視察対応」を行っていた。物の置き場所が守られずに散乱してしまった治工具を定位置に戻すといった行為も視察対応の1つだ。P工場ではこうした行為が、年に数回の役員視察を大過なく乗り切るためのイベントになっていた。

 ところがある時、生産が極めてひっ迫していたために、視察対応する時間を捻出できず、設備の清掃などが間に合わないまま役員視察の当日を迎えてしまった。当然ながら役員視察が始まると、「なぜ、この設備がこれほどまでに汚れているのか」と設備の担当者は厳しく叱責された。設備の駆動部分や製品に直接触れる場所の汚れは、品質問題や設備トラブルに直結するからだ。

(作成:日経クロステック)
(作成:日経クロステック)
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 褒められた話ではないが、日本企業の工場に多く見られる光景であろう。P工場の問題の深刻さは、ここから先の話にある。

 役員視察の場にいた製造課長も設備の担当者も、役員の指摘が正しいことは分かっていた。当然ながら「すぐに対応します」と即答することで、ひとまずはその場を収めることになった。しかし、現場は不満に思うことがあった。

 それはP工場の工場長の言動だ。日ごろは日々の稼働に厳しく目を光らせる一方で、設備の清掃やメンテナンスを軽視している工場長が、役員から設備の汚れを指摘されると、手のひらを返して役員にすり寄り、いつもとは真逆の言葉で現場を叱責したのである。現場の製造課長や担当者からすると、「普段言っていることと、役員が来たときに言っていることは全く逆じゃないか」と不満に思うのは当然だろう。工場長の豹変(ひょうへん)を目の当たりにして、現場の人たちは怒りに震えていた。

 役員視察が終わり、工場長は現場に対して「次回、役員が来たときには同じ叱責を受けないように、視察前には設備の清掃とメンテナンスを必ず実施すること」と訓示した。製造課長は口には出さなかったが、「視察前に対応するのではなくて、日常からきちんとメンテナンスの時間を取らせてほしい」と思いつつ、役員の前で恥をかかされたとばかりに不機嫌な工場長に対して不満を募らせた。相手によって態度を変える姿勢に、工場長は現場からの信頼をすっかりなくしてしまった。