崩壊の顛末(てんまつ)
複数の生産ラインを擁する工場がある。これをU工場と呼ぼう。このU工場は、顧客からの多品種少量生産の要望が強くなるに従って生産性が大きく低下していることに頭を悩ませていた。
あるとき、U工場の工場長は業界の集まりで興味深い取り組み事例を耳にした。それは、U工場と同じく多品種少量生産への対応に悩んでいる企業による「段取り替えチャンピオンシップ」と称した取り組みだった。数週間の期間を与え、段取り替えを速くするために考え得るさまざまなアイデア(手段は自由)を競い合う取り組みで、最も短い段取り時間を実現したチームが優勝というものだ。
この取り組み事例の特徴は、できる限り制約を設けずに段取り時間を短くするさまざまなアイデアの発案を促すことにあった。アイデアが量産工程で日常的に実行可能か否かは問わない。ただし、アイデアを実行したという実績を示さなければならない。こうした条件が功を奏し、自由闊達な取り組みが行われて、30分だった段取り時間からいわゆる「シングル段取り(10分未満)」を実現したチームが優勝したという。
このイベントで考え出されたアイデアのいくつかは、費用などの制約によって実際の量産工程で使うには困難だった。それでも、どうすればアイデアを実現できるのかという前向きな議論を継続することにより、最終的には段取り時間を10分を少し超える程度まで短縮することができたというのである。
この話を聞いたU工場の工場長は、自工場でも同じ取り組みを実施しようと考えた。この種の活動は「全員参加」が大切だと考えた工場長は、「U工場版の段取り替えチャンピオンシップ」では希望者を募るのではなく、全ての生産ラインからチームを参加させることにした。ところが、思うようにアイデアが出てこない。業を煮やした工場長は、チームのリーダーを頻繁に呼び出しては、アイデアの少なさを厳しく叱責した。こうした状況のため、段取り時間の短縮記録は一向に伸びず、現場には険悪な雰囲気が漂うようになった。そのうち、「誰が工場長にこんなくだらない取り組みを教えたのだ」と不満を口にする者も出てくる始末だ。
半ばノルマのようにアイデア出しを強制され、段取り時間の短縮が見られなければ厳しく叱責される。これを繰り返すうちに、ついにU工場の現場は、越えてはいけない「レッドライン」を越えてしまった。顧客から求められていた確認項目や、仕様に決められている数値の確認を「この程度であれば現実には問題はない」と勝手に判断し、段取り作業の手抜きを始めるようになったのである。これで段取り時間が短くなったと偽ったのだ。
もちろん工場長には内容は秘密にし、偽りの段取り時間だけを“成果”として報告した。段取り時間が短くなったとはいえ、実態は品質不正に手を染めたもの。その後しばらくして顧客の監査を受けたときに不正行為が発覚。U工場は混乱に陥った。